2026年3月19日木曜日

大杉栄とその時代年表(783) 1908(明治41)年6月1日~3日 安重根、間島地方で「連合大韓義軍」参謀中将に選出(兵力200~300)。間島から豆満江を越えて咸鏡北道に出撃。緒戦勝利するが、武器弾薬不足・訓練不足のため連合大韓義軍は崩壊。安は1人で山中放浪しロシア領ポシエトに逃亡。

 

安重根

大杉栄とその時代年表(782) 1908(明治41)年5月下旬 「五月下旬から六月初めまでの間、二葉亭四迷が、ロシアの首都ペテルブルグ (レニングラード)に赴くことが内定した頃(「長谷川君と余」)、鳥居赫雄(嘉川)は大阪から出張上京し、神田連雀町の常宿で、二葉亭四迷と漱石を昼食に招待する。旅館でおち合い、鰻屋神田川 (神田茂七経営。神田区台所町一番地、現・千代田区外神田二丁目五番十一号) に行く。神田川で、二葉亭四迷は満洲に旅行したことやロシア人に捕えられ監獄に入れられたこと、ロシアの文学界の詳しい事情を話し、ロシアに行ったら日本の短篇小説をロシア語に訳してみたいと云う。ヴァシーリ・イヴァノヴィッチ・ネミロヴィチ=ダンチェンコの宴会に出て欲しいこと、弟子の物集和子を託したいと頼まれる。三人で三時間寝そべって話す。」(荒正人) より続く

1908(明治41)年

6月

韓国、「大韓毎日申報」の英人べセル、英領事裁判で禁固処分。

6月

韓国、李完用内閣改造。

一進会の宋乗畯、自分の辞職により倒閣し、伊藤統監を追い落とすため農商工相辞任申し出る。伊藤は巧妙に説得し宋を内相に配置変えする。

結果、伊藤は一進会との絶縁を決意(「韓日合邦」の一進会は保護国経営の妨害。断髪頭の一進会は民衆から恨まれ、これに依存すると見られと不利。統監府設置~1908年、一進会員926人が殺害)。

1909年2月、伊藤は李完用に宋追放許可を与え、内相を解任される。

6月

この頃の義兵部隊の状況。全国の義兵将241名、義兵数3万1245名。

①前参賛許鳶:京畿道北部の臨津江流域を中心に活躍。

②儒生李康年:慶尚北道で活躍、忠北・江原・京畿各道に展開。

③洪範図:咸鏡道で山砲手(虎狩人)と鉱山労働者を中心に部隊組織。

④朴正彬・李鎮竜(柳麟錫の門人):黄海道・平山地方で起兵。

⑤金秀敏:京畿道・黄海道に跨って活躍。

6月

韓国、安重根、間島地方で「連合大韓義軍」参謀中将に選出(兵力200~300)。間島から豆満江を越えて咸鏡北道に出撃。緒戦勝利するが、武器弾薬不足・訓練不足のため連合大韓義軍は崩壊。安は1人で山中放浪しロシア領ポシエトに逃亡。

間島地方:

清国行政区では和龍・延吉・汪精・琿春の4県。19世紀後半より朝鮮族が入植。間島北部では住民2/3以上が朝鮮族。清国・韓国双方が領土と主張し、国境未確定地域。

6月

南満電気株式会社設立。

6月

田中正造、渡良瀬川・思両川調査を行う。8月迄の間。

6月

杉浦翠子「平塚明子と語る/彼女の態度彼女の口吻」(「女子世界」)

6月

横田商会、喜劇「いもりの黒焼」を撮影。

6月

森鴎外、臨時仮名遣調査委員会で『仮名遣意見』を演説。新仮名遣に反対。

6月

相馬御風「御風詩集」(「新潮社」) 

6月

英エドワード7世、フランス・スウェーデン・ロシアを歴訪。

6月

ロシア皇帝とイギリス国王が会見し、オスマン帝国の分割について話し合った、との未確認情報が流布。「青年トルコ党」所属の士官達は憤激、専制政治打倒・立憲主義実現の党の目標を確認。 

6月

トルコ、独に鉄道延長協定。

6月

イラン皇帝、議会を解散し、憲法破棄。

6月

トロツキー(28)、キエフの急進的民主主義派の新聞『キエフスカヤ・ムイスリ(キエフ思想)』に評論を執筆しはじめる。

6月上旬

(漱石)

「六月上旬(推定) (日不詳)、二葉亭四迷、暇乞いに来て、物集芳子・和子(物集高見の娘)と「北国の人」(不詳)の指導を依頼する。

六月上旬(日不詳) (二葉亭四迷の暇乞いに来た日の二日後)、二葉亭四迷の許に行ったが、留守で会えない。


明治四十三年前半頃、物集和子の世話を余り見ていないと風評が立つ。それは森鴎外にまで伝わる。」(荒正人、前掲書)


6月1日

愛知県の金城女学校の地久節式典、勅語を読まず君が代の代わりに讃美歌を歌う。不敬事件として問題化。

6月1日

臨時脚気病調査会、設置。

8月29日、同調査会規則決定。随時、『臨時脚気病調査報告』を刊行。

6月2日

大阪、友禅染の職工1,800人が待遇改善などを求めてストライキ。

6月2日

(漱石)

「六月二日 (火)、夜、松根東洋城来る。余り話をしない。

(鈴木三重吉、加計正文宛葉書に、「夏目先生から銀時計をもらふ筈。大學の時計よりか洒落れてるだらう!」と書く。)」(荒正人、前掲書)


6月3日

神国生命保険会社設立。東京。資本金50万円。


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