2014年7月31日木曜日

「イラク派遣と自衛隊から消えた幹部候補生たち」(「他衛の戦争に駆り立てられる日本人」(半田滋 『世界』8月号)

イラクから帰還した自衛隊員でお気の毒にも自殺した方が28人おられるというのは、よく知られた事実である。
一方で、イラク派遣前後に自衛隊を去った人々も顕著に多いということだ。

集団的自衛権行使容認により、他国の戦争に参加して、「殺し」「殺される」任務につくことを命令される事態が現実味を帯びてきた。
イラク派遣時の状況から類推して、自衛隊を去る人が増大し、如何にして「兵士」を供給するかが大きな問題となり、徴兵制が射程内に入ってくることも想定される。
また、苛烈な格差社会が兵士予備軍を形成するという経済的徴兵制という「手段」も極めてリアルである。

イラク戦争時にどういう状況であったかについて、
半田滋「他衛の戦争に駆り立てられる日本人」(『世界』8月号)に
詳述されているので、以下、引用させて戴く。
(段落、改行を施す)

<引用>

 (略)

イラク派遣と自衛隊から消えた幹部候補生たち

 集団的自衛権の行使容認となった場合、制服組に変化はないだろうか。
陸上自衛隊幹部は「ただでさえ全国の駐屯地では部隊から逃げ出す隊員が絶えない。逃げる隊員の大半は二年限りの任期制隊員だが、彼らがまっ先に辞めるのでは」という。

 幹部を養成する防衛大学校(防大)の卒業者はどうだろうか。
防大は卒業して幹部候補生学校に入り、半年の幹部教育を受けて三尉(少尉)となり、猛烈なスピードで昇進していく。
一般大から入隊する幹部もいるが、防大卒業生は一九九〇年、一期生が陸海空トップの幕僚長に就任して以来、一三人ずつが連続して陸海空の幕僚長を独占している。自衛隊のエリートである。

 退校・卒業者の動向をみると、米国によるイラク戦争の際、顕著な変化が表れている。
防大の入校者は年によって四五〇人から五〇〇人の間で推移する。
一方、①卒業までに辞める退校者、⑧卒業時の任官拒否者、⑨任官後、八月までに辞める早期退職者の合計は毎年一〇〇人前後で、入学者の二〇%前後が防大や自衛隊から消える。

 ①②③の合計は、二〇〇二年は九九人だったが、米国がイラク戦争に踏み切った〇三年一三八人に急増し、さらに〇四年は一五二人、〇五年一六三人と増え、〇六年一五七人、〇七年一三九人、〇八年一四二人、〇九年一二六人と、一〇〇人越えが連続した。〇六年は実に三二・六%の若者が防大や自衛隊を去ったことになる。

 日本政府は米国のイラク戦争を支持し、〇三年にイラク特措法を制定した。〇四年一月から〇六年七月まで陸上自衛隊をイラク南部のサマワに派遣、航空自衛隊は〇四年一月から〇八年一二月までクウェートに空輸部隊を派遣した。

 陸上自衛隊の宿営地には一三回二二発のロケット弾が撃ち込まれ、仕掛け爆弾による車両への攻撃もあった。
航空自衛隊は武装した米兵を首都バグダッドへ空輸する際、地上から携帯ミサイルに狙われたことを示す警報音が機内に鳴りひびき、アクロバットのような飛行を余儀なくされた。
帰国後、陸自で二〇人、空自で八人が自殺している。
過酷な環境下での活動が影背した可能性は否定できない。

 ①②③を合計した「自衛隊を見限ったエリート候補生」の急増した時期は、自衛隊のイラク派遣の時期とピタリと一致する。
防衛省人材育成課は「団体生活に馴染めない、自衛隊が性格に合わないなどが辞める理由。景気の動向にも左右される」というが、なぜイラク派遣の時期だけ増えたのか説明になっていない。

 ここで自衛官のモデル給与例をみてみよう。
陸海空幕僚監部の課長に相当する四七歳の一佐(配偶者、子ども二人)の場合、年収は一二八〇万七〇〇〇円。一流企業の課長並みである。
陸上自衛隊に五人の方面総監(将官)は一九二九万九〇〇〇円で役員並みだ。
しかも退官後は、防衛産業や自衛隊二三万人が利用する金融機関や損保会社への「天下り」が待っている。
恵まれた人生を約束されているにもかかわらず、イラク派遣を目の当たりにして自衛官への道を断念したのである。「カネより命が大事」と考えた結果といえるだろう。

徴兵は苦役ではないと言った石破茂・自民党幹事長

 集団的自衛権の行使容認に直面して、自衛官が激減するなら徴兵制が浮上しかねない。
徴兵制は憲法第一八粂「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」との条文が根拠となり、導入されずにきた。
だが、自民党の石破茂幹事長は「国を守ることが意に反した奴隷的な苦役だというような国は、私は、国家の名に値をしないのだろうと思っています。(略)徴兵制が憲法違反であるということには、私は、意に反した奴隷的な苦役だとは思いませんので、そのような議論にはどうしても賛成しかねるというふうに思っております」(二〇〇二年五月一三日憲法調査会基本的人権の保障に関する調査小委)と述べている。

 憲法の屋台骨である第九条でさえ、勝手に解釈を変更して、「戦争ができる国」にしようというのだから、憲法第一八条を読み替えるなど、簡単なことかもしれない。

 別の見方もある。安倍政権が目指す新自由主義によって企業のグローバル化が進み、正規雇用されない若者が増えている。
総務省の調べで、働く人の三八・二%が非正規社員である。働いても年収二〇〇万円以下の「ワーキングプア」と呼ばれる若者にとって自衛隊の報酬は魅力的である。

 二年間の任期制隊員の初任給は一五万九五〇〇円、九カ月後には一七万四三〇〇円、一年後には一八万円になる。収入総額は一任期(二年間)で約六〇〇万円。一任期ごとにボーナスがあり、二任期務めると総額は一三六四万円になる。衣食住は「部隊持ち」なので、支給されるカネを何に使おうが自由だ。現に高卒者を対象にしている区分の任期制隊員の募集に大学卒が殺到、大学院の卒業者も来るほどだ。

 貧富の差を拡大させる社会構造の変化により、入隊希望者は減らない可能性がある。
集団的自衛権の行使が解禁された場合、東日本大震災などの災害救援で活動する自衛隊をみて「人助け」にあこがれて入隊する若者が減っても、別の性質を持った若者がその穴を埋めるかもしれない。

(略)




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