2013年6月11日火曜日

グローバル化の総仕上げとしての自民党改憲案」(内橋克人X小森陽一、『世界』6月号) (その5) 運動の広がりへの模索

(その4)より

運動の広がりへの模索
内橋 3・11後の運動に新しい手ごたえは。

小森 一つは脱原発運動の中で、放射能とどう対峙して子どもの命を守るのかというところから、若いお母さんたちとお父さんたちが、あらゆる地域で立ち上がっている。
その動きを、地域の「九条の会」の後期高齢者たちが支えている。

 反貧困の問題でも、全国にある「九条の会」のネットワークをベースに、弁護士さんたちも深くかかわって、一気に全国的な「反貧困ネットワーク」を立ち上げた。
9条と25条はひとつだ。

 そのように若い人たちと一緒に考えていくことが、この2年間で脱原発や反貧困の問題を通して広がっている。
 「九条の会」の中心になって「正しいことを訴える運動」をやってきた方たちも、若い世代の言うことをまず聞いてみよう、息子や娘や周辺の人たちの話をまず聞くことから始めよう、という大切な方向転換が行われている。
 話す側は、今まで喋らなかったことを喋り、自分の現状を言語化することになる。
自分の中でどう意味付けようかという葛藤の中で選んだ結果が言葉になっていくわけで、そこには自分による選択が必ず発生する。つまり、自分のことを自分の言葉で語ることによって、奪われていた自分の人間としてのあり方を取り戻していく営みになる。

 3・11直後、どういうふうにして避難所まで辿り着いたかを言語化することが大事だと言われたが、多くの避難所で、地域の「九条の会」をやっていた方たちが、「ひとり九条の会」みたいに、体育館を回ってみんなの話に耳を傾けていた。
そして、何度か繰り返すうちに、聞くだけではなく、県や市町村に向けて一緒に要求していかなくてはいけない、という認識になる。

 そういう運動が様々な地域の避難所で始まっていったのも、聞くことの大切さを表している。
3・11以降の脱原発連動をどう進めていくのかについても、とにかく何かしなければいけないという思いの若者たちとの対話の中で、「九条の会」の方たちは地域で新しい人間関係をつくっていっている。

 「九条の会」の会員で大都市郊外に家を持っている人の中には、若者たちが集まって来れる様に、居間の真ん中をくり抜いて囲炉裏をつくった人もいる。「なんで囲炉裏なんですか?」と聞くと、「だって、日本だけでしょう。原子『炉』と言うのは」と。

内橋 そうそう。

小森 あれは原子の囲炉裏か、いや、本質は連続的核分裂装置じゃないか。
それに抗議するためには、きちっと木炭を大事に燃やす囲炉裏をつくる、と。

内橋 詩人のアーサー・ピナードさんも「爐」という難しい字を書いて同じことを言っていた。「原子炉」などという言い方は日本だけだ、と。

 湯浅誠さんは、いま政治を語る新しい作法、そして場をつくる運動にカを入れていくのだ、と(五月号対談参照)。

小森 初めは放射能が怖いというだけでデモを始めた高円寺素人の乱の松本哉さんたちは、金曜日に首相官邸前での再稼働反対集会に、地元の居酒屋さんとタッグを組んで、「デモセット券」を配っている。集会に参加して券をもらい、それを高円寺に持っていくと割引でビールが飲めるおつまみセットもある。そこでゆっくり話し合いながら脱原発運動についての認識を深めていく。

 昔から「運動には学習が必要だ」と当たり前のように言われてきたことの重要性が、もう一度実感を伴って発見されているのは、脱原発運動の大切な特徴だと思う。

内橋 自民党改憲草案では、「検閲は、これをしてはならない」という現憲法の文言も外してしまった。
言論の自由が非常に危うい状況になる。
さらには、国会の審議を経ずに、時の政府の政令ひとつであらゆることができる緊急事態法まで……。

小森 集会結社の自由の表現であるデモに対しても、かなり攻撃が強まっている。

内橋 脱原発にしても護憲運動にしても、狙いを定めて圧力をかけてくるような時代が、再びこないとも限らない。
 各地「九条の会」への心からのエールと、いまこそ小森さんのご健闘を、と願っています。
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(おわり)
(丁寧語、敬語を簡潔にした)

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