NHKで「原発いらない」発言! 過激でまっとうな加賀まりこのルーツとは?
今、女優の加賀まりこが熱い。女優としての活躍はもちろんだが、老いてますます、その発言の過激さに拍車がかかっているのだ。少し前にもNHKのトーク番組『スタジオパークからこんにちは』にゲスト出演した際の発言が大きな話題を呼んだ。
「生きて行く上で、たまたま私たちはこの地球に、つかの間お邪魔しているだけじゃない? 着飾ったり、気負わなくてもいいと思う。だから戦争もいらないし、原発もいらない」
(略)
こうした加賀の気質はどこからきたものなのか。加賀の著書『純情ババァになりました。』(講談社文庫/2008年)には、そのルーツが描かれている。
1943年に東京神田で生まれた加賀は、かつては色街だった神楽坂育ち。「日本に初めて入ってきたバーバリーのトレンチコートを買うために1カ月分の給料をはたいてしまうような」ダンディな洒落者で大映プロデューサーの父と、専業主婦の母との間の3兄姉の末っ子として生まれた。家には映画関係社が頻繁に出入りする環境で、また10代の加賀はダンディな父に、レディとしてエスコートされホテルに出入るような生活を送っていた。
父親からは「一人前の人間として見ているから、自分で考え、何でもやりなさい。但し、家族に迷惑をかけるようなことはしなさんな」という自由な教育を受け、母親からからはその生き様を教わったという。
「(母は)派手なことは好まず、世間体や体裁をかまうことも一切なかった。〈世間体〉なんてものを生きる物差しにしてどーする!? という、私の価値観の一端はこの母から継いだと思う」
さらに彼女の気質についてはもうひとつ興味深いルーツがあった。
「神田錦町で〈松本亭〉という料亭を営んでいた祖母(母方)は、自由民権運動と社会正義のために一肌脱いだ女大夫だった。(略)家には、足尾銅山鉱毒事件の田中正造、幸徳秋水、犬養毅父子など、時の政局を動かす政治家や多くの志士たちが出入りし、彼らのパトロンでもあった」
加賀自身、自分の気質をこの祖母からの隔世遺伝だと分析するが、まさに反骨の血が流れていたことになる。
(略)
純情ババァになりました。 (講談社文庫)
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