2023年12月20日水曜日

〈100年前の世界160〉大正12(1923)年 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺(⑰) 松下竜一『久さん伝』より 11月頃、中浜鉄、村木源次郎・和田久太郎に復讐決行を迫る 武器調達のため朝鮮に渡るがこれに失敗 翌年5月頃、労働運動社から離れて行く

 


〈100年前の世界159〉大正12(1923)年 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺(⑯) 松下竜一『久さん伝』より アナキスト結社ギロチン社の古田大次郎 小阪事件(10月16日) そして、古田は朝鮮に渡る(11月半ば) より続く

正12(1923)年 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺(⑰) 

松下竜一『久さん伝』より


11月頃、中浜鉄、村木源次郎・和田久太郎に大杉らの復讐決行を迫る

11月頃、中浜鉄が村木源次郎と和田久太郎に、虐殺された大杉らの復讐の決行を迫る場面を、江口渙は目撃者として『わが文学半生記』に記している。小阪事件によって追いつめられているギロチン社一党にしてみれば、肝腎の労運社がいっこうにテロを決行しそうにないことに苛立っていた。

「いくらいってやっても和田久のやつ、はっきりした返事をしないんだ。それに村木は村木で、そんなにあわてなくたっていいじゃないか。マコやルイズなど、あとに残った大杉の子供の始末をやってからだっておそくはないよ、なんて、のんきなことをいってやがって、あのクツ爺!!」

結局、中浜の強引さが二人を説き伏せ、両者のあいだに密約が纏まる。村木と和田による復讐計画を、ギロチン社が側面から助ける。そして、ギロチン社としては本来の目的である摂政裕仁を狙うという二つの暗殺計画である。その段階で、大杉の復讐の対象は、震災時の戒厳司令官、陸軍大将福田雅太郎と決定する。

古田・中浜・和田、武器調達のため朝鮮に渡る

古田大次郎が11月半ばに朝鮮に渡ったのも、しばらく国外に逃亡するという事情に加えて、武器調達とりわけ爆弾の入手が目的であった。

間もなく中浜も朝鮮に渡ったが、血を吐いたという中浜はひどくやつれて相貌も嶮しくなっていた。中浜も村木も和田も、病気に追いつめられている。古田は健康だが、殺人犯として官憲に追われている。彼らにはもう、引き返す途はないという悲愴な共通項がある。

朝鮮での武器の入手には、なお多額の金が足りないことが分かり、古田が村木の小父さん(彼はそう呼んでいた)に金策を頼むために、いったん帰国する。

1924(大正13)年1月末、和田が300円持ってきて、自分も一緒に朝鮮に渡るといった。

しかし、朝鮮での武器調達はさっぱりうまくいかない。村木に用意してもらった金も、買い付けにいった仲介者が途中で馬賊に襲われて奪われたといって帰ってくる。詐欺のようだ。古田は日本に戻って、江口に500円を作ってもらうが、それでも足りない。

3月、今度は中浜が金策に戻っていく。これが古田と中浜のこの世での別れとなる。

朝鮮での武器調達を諦める

中浜は、鐘紡社長武藤山治から大金をゆすりとることで、一挙に資金を得ようとして(これまでいくども鐘紡でのリャクが成功しているので)、大阪の鐘紡本社に乗り込んだ。通報を受けた警察はトラック一台の武装警官を派遣して中浜鉄(本名富岡誓)を逮捕する。外で見張りをしていた倉地はあやうくその場を逃れた。

中浜逮捕を知った古田は、もはや朝鮮での武器調達を諦めて帰国し、自分たちで爆弾の製造を開始する。ギロチン社の同志で、広島の水力電気発電所工事場で働いていた倉地啓司がダイナマイトと雷管を盗み出し、古田と倉地は平塚村大字蛇窪五百三十二番地(現在・東京都品川区)に隠れ家を借りて、ここで爆弾造りに専念する。

『労働運動』第3号(4月1日付け)に、和田は「野を焼く煙」という時評を書いている。ここで、和田は、真に目覚めた大衆の決起がないことに嘆息している。逆に支配階級の奸計のままに、大衆自身が社会主義者や朝鮮人を敵として追い廻した、あの震災時の衝撃が忘れられない。

〈けれども、此の人々の不安な気分や反抗精神は、いろんな迷行をたどりながらも、次第に行くべき所へ行きつつある。そして、其の流れの先頭には、光明を認め、目的地を発見した少数の団結体が、血に塗みれながら進みつつある〉

和田久太郎は社会変革の起爆剤として、先鋭的な労働組合運動を想定している。そこがギロチン社の中浜鉄や古田大次郎らと、大杉栄や和田久太郎との違いである。

中浜や古田は、摂政を頂点とする支配階級の要人たちをテロによって斃すことで、革命を起こせると信じている。

和田久太郎は、先鋭的な労働組合の直接行動、すなわち怠業や罷業により資本家を追いつめていく方向にしか革命はないとみている。和田久太郎はその頃主義者のあいだで盛んな普通選挙促進運動を、まったく信用していない。議会というものは、大衆の底辺から湧き起こる直接的な革命運動の気運をそらせるための、体制の安全弁に過ぎないとしかみていない。

その和田久太郎がテロを決行しようとしている。動機は、大杉たちの怨みを晴らしたいという衝動である。いまさら陸軍大将福田雅太郎を斃したところで、それが革命の導火線になりうるなどとは信じていない。だから、これはほとんど無意味なテロである。それを承知のうえで、和田久太郎はそれにのめりこんでいる。

4月の段階で和田久太郎はまだ『労働運動』編集にたずさわっているが、彼の署名入り原稿は、「野を焼く煙」が最後となった。

和田・村木は労働運動社から離れて行く

5月頃から彼は、出版社のアルスに勤め始め、この頃から労運社を離れていく。テロの計画を秘めた彼が、累を同志たちに及ぼさぬためのである。

村木と和田は、近藤憲二をこの計画の埒外に置くことを決めていた。『労働運動』を発行し、『大杉栄全集』を完成させ、大杉の遺児たちを見守る存在として、近藤だけは無傷に残さぬばならなかった。村木も和田もこの計画を近藤に打ち明けていない。

村木と和田は、労運社を離れ、同志たちとの連絡を断っていった。


つづく

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