2012年10月8日月曜日

「反日デモの底流に格差の不満」(遠藤誉)

反日デモの底流に格差の不満  遠藤誉
「朝日新聞」2012-9-29

 反日デモが過激化し暴徒化した背景には、将来に希望が持てず、失うものがないと思っている若者たちの存在があります。彼らは激しい市場競争の中で取り残され、格差社会を生んだ中国政府に不満を持ち、金持ちを恨んでいます。

 鄧小平が1978年に始めた改革開放以降、中国では経済発展が優先され、社会主義国家には本来ありえない富の集中が起き、権力の近くに利益集団が生まれて汚職が広がっています。デモで多くの若者が毛沢東の肖像画を掲げていましたね。毛は、貧しくても平等だった時代の象徴。その肖像画を掲げることで、中国政府への不満を示していたのです。

 確かに胡錦濤政権は調和の取れた発展をめざす「和諧社会」を掲げ、雇用を創出して貧困層を減らしたり、医療制度改革を進めたりしました。格差軽減に一定の成果は出ていますが、平等を重んじれば成長が鈍り、成長を重視すれば格差が広がる。どちらに偏っても不満が出てくるわけで、難しいかじ取りを迫られています。

■愛国教育の裏面

 89年に若者たちが民主化を求めて起こした天安門事件の再来を警戒し、江沢民時代に愛国主義教育が始まりました。中国では愛国主義教育は反日教育ではないと言っていますが、実際は反日感情を醸成しています。なぜなら学習指導要領の中で「抗日記念館」などの見学を義務付けているからです。抗日記念館というものは、日中戦争時代、日本軍がいかに残虐な殺戮行為をし、中国共産党がいかに日本軍に抵抗して勇敢に戦ったかを陳列した博物館です。そこには凄惨な場面を再現した生々しいろう人形などがあり、若者の心に激しい反日感情を芽生えさせます。

 だから若者の目には、日本政府による尖閣諸島の国有化が「日本がいまだに侵略戦争を続けている象徴」と映るのです。

 日ごろ、自由な自己表現、特に中国政府や中国共産党を批判する言論が規制されているので、若者たちは反日を叫ぶ機会があれば「愛国無罪」を旗印にして、激しいデモ行進を展開する。これは「愛国のための行動なら罪は問われない」という意味で、それを守り札のようにして、政府に対する不満を表現しているのです。

 日本企業の工場を破壊し、商品ノを略奪するのは許されない犯罪行為であり、世界に中国進出リスクを広めるだけです。行き過ぎた愛国主義教育は中国自身のためにも好ましいことではないでしょう。

■政治改革がカギ

 今秋の共産党大会で習近平国家副主席をトップとする新体制が決まる見通しです。首相が有力視される李克強副首相とともに、新体制は内政の安定のためにも「和諧社会」建設の動きを強めるはずです。格差軽減という基本方針は、「チャイナ・ナイン」と呼ばれるいまの最高指導部9人が多数決で決めたもので、次期政権は覆せません。

 新体制には一歩進めて、政治体制改革を求めたい。たとえば、中国共産党幹部による利益独占や汚職などの腐敗を撲滅させるための監督権を、人民の側に与えるべきです。そうすれば、反日デモに便乗して政府への不満をぶつける過激な行動は少なくなるはずです。

 尖閣諸島に関しては、武力衝突は経済成長の足を引っ張り、それをたのみとした共産党の求心力を失うので避けるのではないか。しかし、中国政府としては少なくとも「日本による国有化」には一歩も引かないと推測されます。

 というのも「国有化」の言葉が持つ意味は、日本と中国では異なるからです。中国の土地はすべて国有あるいは農民による集団所有。日本的な「私有地」がないのです。したがって尖閣が日本人の「私有」から「国有」に変わったことは、中国人の目には、日本による「侵略性」がより高まったと
映るのでしょう。

 日本はまず、この辺の認識の違いを解きほぐさなければなりません。日中の会話ルートを確保するため、日中双方の官民でシンクタンクを常設するのも一つの方法。そして何より国際社会における日本の信用度を高めていくことが肝要です。首相がころころ変わる不安定な政治を改善し、日本国民の生命を真に守る政権運営を切望します。   (聞き手・高野真吾)

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