2013年6月18日火曜日

「自由」逸脱した米国と同じ過ち、繰り返してはならない(堤未果さん)

毎日JP
特集ワイド:憲法よ ジャーナリスト・堤未果さん
毎日新聞 2013年06月13日 東京夕刊

 <この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇幸せになるための原点−−ジャーナリスト・堤未果さん(41)
 ◇「自由」逸脱した米国と同じ過ち、繰り返してはならない

 「家族そろってご飯を食べることです」

 この言葉を、堤未果さんは忘れることができない。東日本大震災の1カ月前、東京都内の出身小学校で6年生を対象に憲法を考える特別授業をしたときのこと。「憲法は国民を幸せにするためにある。そこで、みんなの幸せとは何かを一緒に考えました」。子供たちは近くの商店街に走り、大人たちから意見を聞き、自分たちの「幸せ」をグループごとにまとめて発表した。その一つが「家族そろってご飯を……」だった。

 別のグループは「思ったことを自由に言えること」と結論した。「いじめられる子がいないこと」「ひとりぼっちの人がいない」「命を大事にする」。子供たちが求める幸せがこんなにもシンプルであることに驚いた。そして気付いた。「日本人の多くは憲法が何のためにあるかを考えなくなっている。いつの間にか単に紙に書いてあるものとしてしまった。シンプルな幸せすら実現できない社会になり下がったのは、憲法を粗末に扱ってきたことと無縁でないのではないか」。震災後、「絆」の言葉に多くの日本人が心を揺さぶられたのは人と人とのぬくもりの希薄化を示している。子供たちは既にそのことを感じていたのだ。

 2001年9月11日。

 ニューヨークにある世界金融センタービル20階の米国野村証券に、いつもより早く出社した。遅い夏休み明けの日で、気持ちを切り替え仕事にとりかかろうとしたそのとき、「ドーン」という鈍い音が聞こえた。巨大な穴が開き、煙を噴き上げる隣の世界貿易センタービルをテレビが映し出した。事故? ざわつくフロアをさらに大地震のような衝撃が襲った。立っていられず全員が床に伏せた。誰かが叫んだ。「テロだ」

 人が殺到する非常階段を約1時間かけて下りた。ビルの外に出ると「キラキラするものが降っていた」。ガラス片や書類の紙などに交じって落ちてきたのは人間だった。言葉が出なかった。足は自然と、通勤で使うハドソン川のフェリー乗り場に向かっていた。振り返ると、生き物のような噴煙を舞い上げながら貿易センタービルが崩れ落ちた。

 憧れの国だった。「あらゆることの中心地で、女性が管理職になれ、黒人がスターになれる。努力すれば成功のチャンスがある国。アメリカ人と結婚し、アメリカに住むと考えていました」。米国野村証券に入ったのは思い描いたようにチャンスをつかみ、成功するためだった。だが、9・11が堤さんを変えた。

 「昨日の続きが今日、今日の続きが明日と当たり前に生きてきた。しかし、戦場のような出来事が都会でも起きることを知って、この日から世界が変わると直感しました。もう昨日に戻れないと」

 米政府はテロとの戦いを口実に、電話やEメールなどの通信内容を政府が調べられる愛国者法を成立させた。数カ月でニューヨークに約2000台、全米では約3000万台の監視カメラが設置された。怪しい人間だけを監視するはずなのに、普通の米国人が飛行機搭乗を拒否され、集会に出たというだけでブラックリストに載る。監視社会化が急速に進んでいった。

 「同時に安全や暮らしに関わる分野の規制を緩め、企業が思うままに金もうけできるようにしていった。中流層は崩壊し、貧困格差が拡大しました」。「大金を稼ぎ40歳で引退する」と語っていた同僚は「人間らしく生きたい」と農業に転じた。

 「生かされた」と感じた堤さんはジャーナリストに転身し、輝きがあせた米国の姿を追い、国は何のためにあるのかという原点を常に問うようになった。

 「日本はアメリカと同じ過ちを繰り返しています」。堤さんは語気を強める。

 東日本大震災が起きたとき、米国の友人が言った。「9・11後のアメリカのように、日本でも情報が隠蔽(いんぺい)されるから注意したほうがいいよ」。実際、震災直後、ネット接続業者に通信履歴の保全を要請できる改正刑事訴訟法が成立した。安倍晋三首相は今秋、機密情報を扱う公務員の身辺調査が行えるという秘密保全法案を国会に提出しようとしている。「目的は外交や安全保障に関する情報の漏えい防止としていますが、戦前の治安維持法のようなもので、危険な動きが日本でも加速しています。その先に憲法改正がある」

 「自由」という建国の原点からアメリカは逸脱した。では日本の原点とは何か。戦争放棄だけでなく、生存権や教育権などを保障している憲法がそれだと堤さんは言う。「憲法は国の核となるものであり、国民が幸せになるための意思を示しています」。だが、その意思を実現するように日本人は社会を形づくってきたのか。堤さんの答えは「否」だ。飽食の時代なのに餓死する人がいる。「なぜワーキングプアが増えているのでしょうか。25条の生存権が守られていないからです」。子供が学校に行けなかったり、学資ローンの返済で苦しんだりするのはなぜか。「26条の教育権が守られていないからです」。それらは憲法を粗末に扱ってきた結果である。「憲法の理念に逆行するような屍(しかばね)が社会のそこらじゅうに散らばっている」。現実を直視せよ、と怒りを込める。

 「憲法から何を得て、何を得られなかったか。憲法と社会の関わりをさかのぼって検証することが新たな社会づくりのスタートです。息を吹き込むことで初めて命を持った憲法になる。子供だって、今持っているおもちゃを大切にできない子が新しいおもちゃを大切にするでしょうか。新しい憲法も同じです」

 ライフワークになった著書「貧困大国アメリカ」の完結編の校正に追われている。その中で「国家レベルの貧困ビジネスを回していくために、社会の底辺に落とされた人間が大量に消費される仕組み」の恐ろしさを描いている。それを担っているのがコーポラティズム(政府と企業の癒着)。完結編のタイトルは「(株)貧困大国アメリカ」だ。

 「効率とか利益で測るのではなく、人間が人間らしく生きていく道が今の憲法には示されている。なのに、これまでずっと粗末に扱い、その反省もしていない。悲しいことです」。アメリカの後を追う日本も同じ状況なのだ。

 言われてみると記者自身、憲法は大学時代に勉強しただけだ。「憲法をどう扱ってきたかに、まず気づくことです」。返す言葉がなかった。【内野雅一】

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 ■人物略歴

 ◇つつみ・みか

 東京都生まれ。高校卒業後に渡米、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士課程修了。国連婦人開発基金、アムネスティ・インターナショナル、米国野村証券を経て独立。著書に「ルポ貧困大国アメリカ」など。

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