2015年6月21日日曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(131) 「第20章 災害アパルトヘイト - グリーンゾーンとレッドゾーンに分断された社会 -」(その4) : 「災害アパルトヘイト」とも言うべき未来社会を暗示 - 逃げ出すための経済力のある者だけが生き残れる社会


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脆弱化した国家とは対照的に、治安維持レベルをはるかに超えた、税金で整備された民間企業のインフラ
 ブッシュ政権時代に契約企業が構築したインフラを全体として見たとき、そこに浮かび上がるのは脆弱化した国家の姿と対照をなす、統合化された強固かつ有能な国家内国家とも言うべきものだ。企業が作り上げたこの”影の国家”は、ほとんど公的資金のみによって形成されたものであり(ブラックウォーター社の収入の九〇%は政府からの契約金だ)、社員教育も例外ではない(社員の大部分は元公務員、元政治家、元兵士で占められる)。

それにもかかわらず、こうした巨大規模の設備はすべて民間企業が所有・管理しており、資金を提供した市民はこの”パラレル・エコノミー”やその資源に対してなんの権利も主張できない。

脆弱化し空洞化し無力な国家
 一方、実際の国家は契約企業の助けなしには主要な機能を果たせないほど無力な存在と化している。
公共設備は時代遅れとなり、有能な専門家は民間部門に流出してしまった。そのためハリケーン・カトリーナ襲来の際、FEMAは事業を企業に割り当てる仕事をする企業を雇わなければならなかった。

同様に、アメリカ陸軍は契約事業に関する規約の改訂にあたって、軍の大手契約企業のひとつであるMPRIにその仕事を外注した。もはや軍内部にはそのノウハウを持つ人材がいなかったからだ。

CIAは、あまりに多くの人材が民間諜報機関へ流出したため、同局の食堂で職員に転職話をすることを禁止したほどだった。「つい最近退職した職員は、コーヒーの列に並んでいる間に二回も転職話を持ちかけられたと言う」と 『ロサンゼルス・タイムズ』紙は書いている。

また、国土安全保障省がメキシコとカナダとの国境にハイテク装置からなる「バーチャル・フェンス」を設置することを決めた際、マイケル・P・ジャクソン副長官は契約企業に向かってこう言った。「これは異例の申し出ですが(中略)この仕事をどのように進めたらいいか、ぜひ考えを聞かせていただきたい」。同省の監察官は、同省には「(国境警備構想を)効果的に計画、監視、実行するだけの能力がない」と説明している。

ブッシュ政権下、アメリカは国としての体裁だけは - 立派な庁舎、大統領の記者会見、政策論争など - なんとか保っている。だが実際の政府の統治機能という点で言えば、〔自社工場を持たずに生産を丸ごと外部委託している〕ナイキのオレゴン本社の従業員並みなのだ。

政府の温情的措置やNGO活動は民間セクターの権利侵害である
 二〇〇六年、超党派のシンクタンク外交問題評議会が発表した「なおざりにされた防衛 - 国土安全保障支援のために民間セクターの動員を」と題する報告書(その諮問委員会には国内最大手企業の代表者も何人か含まれていた)は、こう警告する。

「災害の被災者に緊急支援を提供しようという政府の温情的措置は、民間市場のリスク管理対策に悪影響を及ぼす」。言い換えれば、被災者が政府の救済を当てにしている限りは、民間企業の提供するサービスに金を払う気にはならないというのだ。

同様に、ハリケーン・カトリーナから一年後、フルーア、ベクテル、シェブロンなど米大企業三〇社のCEOがビジネス・ラウンドテーブルのもとに集まって結成した「災害対応パートナーシップ」と称するグループも、非営利団体が災害後に行なう活動のなし崩し的拡大、いわゆる「ミッション・クリープ」に苦言を呈している。

業界にしてみれば、慈善活動やNGOの活動は権利侵害にあたる - たとえば建築資材がただで寄付されたら、ホームデポ社の販売機会が奪われる - というわけだ。

惨事便乗経済の民営化の黄金時代の終焉
 惨事便乗経済の民営化に多大な資金を注ぎ込んだことが大きく響いて米政府の財政赤字は急速に増大しつつあり、外注契約が激減するのは時間の問題だ。

二〇〇六年末、防衛アナリストは米国防総省の取得予算は二〇一〇年代には二五%減少する可能性があると予測している。

惨事便乗型資本主義複合体の次の段階
 緊急事態が増加の一途をたどり、財源に事欠く政府は無力化し、国民はなす術もない状況に置かれるなか、”パラレル国家”たる企業がこの機に乗じて金儲けに走る - 災害対策用の設備を市場が許す限りの高価格で、金が払える者なら誰でもかまわず提供するのだ。ビルの屋上から飛び立つ救援ヘリコプターから、飲料水、避難所用簡易ベッドに至るまで、ありとあらゆるものが商品として売りに出される。

「災害アパルトヘイト」とも言うべき未来社会を暗示 - 逃げ出すための経済力のある者だけが生き残れる社会
 金さえあればほとんどの災害から身を守れるという状況は、すでに現実になっている。津波多発地域では早期警戒システムも買えるし、次の新型インフルエンザの流行に備えてタミフルを買いだめすることもできる。ボトル飲料水や発電機はもちろん、衛星電話、はてはガードマンまで金さえ出せば手に入る。

二〇〇六年にイスラエルがレバノンを攻撃した際、米政府は当初レバノン在住のアメリカ市民を退避させる費用を本人に払わせようとしたが、けつきょくは撤回した。

もし社会がこの方向に進み続ければ、ニューオーリンズで屋根の上に取り残された被災者のあの映像は、アメリカに根強く残る人種差別を垣間見せるものにとどまらず、「災害アパルトヘイト」とも言うべき未来社会を暗示するものになる - すなわち、逃げ出すための経済力のある者だけが生き残れる社会だ。

政治家や企業人などエリート層の多くが地球の気候変動にきわめて楽観的な理由のひとつは、自分たちは金の力で最悪の状況から脱出できると思っているからではないのか。またブッシュの支持者にキリスト教終末論者が多い理由の一部はそこにあるのかもしれない。自分たちが創り上げている世界から脱出する非常口があると信じ込む必要があるだけでなく、彼らはまさに「携挙」の寓話を地で行こうとしているのだ。つまり、破壊と惨事を招く社会システムを作り上げておいて、自分たちだけはプライベートヘリによって空中に引き上げられ、聖なる安全圏へ逃げ込むというわけである。
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