『朝日新聞』2015-06-08
うたをよむ 沖縄と「日本」の間 大松達知
沖縄は日本の一部だと当然のように思っている。
それが沖縄を語るときの大きな齟齬の元なのだろう。
遠くない過去に日本が日本に組み入れた島々。
それが沖縄。
わかっているはずの原点にみな目をつぶっているようだ。
手つかずの自然という嘘 除草剤撒かねは道が塞がれる島
松村由利子『耳ふたひら』 (書肆侃侃房)より四首。
作者は関東に長く暮らし、数年前に石垣島に移住した。
勝手な幻想への心理的な距離感とじんわりとした憤り。
部外者だからこそ遠慮がちに、しかし直截に代弁している。
島ごとに痛みはありて琉球も薩摩も嫌いまして大和は
現在に至る支配・彼支配の歴史の過酷さは知れば知るほど耐えられなくなる。
かつて、薩摩に侵略された琉球王国は財政に窮し、八重山諸島などに過酷な人頭説を課した。
今こそ根の深いその痛みを感じなければならない時だろう。
時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色
焦げ色という言葉が戦火や犠牲者を生々しく想像させる。
同じパン種だったはずなのに大きく違う。
現在の硬化した人心にも思いは及ぶ。
東京のお菓子をあげて生みたての玉子もらいぬ 恥ずかしくなる
この恥ずかしさこそが、都市生活者が抱く敗北感なのだ。
生命の循環を濃厚に感じながら生きる地域への敗北感。
支配力の顕示はその裏返しなのか。
さらに恥ずかしい。
だが、現在の支配者側はそれを感じていないようだ。
(歌人)
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