2012年7月29日日曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(21) 「第1章 ショック博士の拷問実験室」(その1)

東京 北の丸公園 2012-07-19
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第一部 ふたりのショック博士 - 研究と開発
空っぽになるまで君を絞り上げてやる、それからわれわれを、その跡に充填するのだ
- ジョージ・オーウェル 『一九八四年』(新庄哲夫訳)

産業革命は、かつての分離派教徒の心を燃え上がらせたのと同様に過激で柄端なす命の始まり にすぎなかった。だがそれは極度に唯物主義的であり(中略)際限のない最の物的商品があれ  ば、あらゆる人間の問題は解決できると信じるものであった。
- カール・ポラニー『大転換』

第1章 ショック博士の拷問実験室
- ユーイン・キヤメロン、CIA、そして人間の心を消去し、作り変えるための狂気じみた探究 -
彼らの脳は、何でも書き込むことのできる白紙の状態だと思われた。
- シリル・J・C・ケネディ博士とデイヴィツド・アンケル博士、電気ショック治療法の利点について (一九四八年)

私はいわゆる「電気屠殺」を見学するために食肉処理場を訪れた。一二五ボルトの電流を流した 金属製の大きなはさみが豚のこめかみに押しつけられると、豚は瞬時に意識を失って体を硬直さ せ、その数秒後に実験用の犬に見られるのと同じけいれんが起きる。このてんかん性昏睡の間 に、作業員が難なく包丁で豚の首を切り裂き、血抜きをする。
- 精神科医ウーゴ・ツェルレッティ、電気ショック療法(電気けいれん療法)を「発明」した経緯に ついて(一九五四年)

ゲイル・カストナー(に面会する本当の理由)
「私はショックに関する本を書いています。戦争やテロ攻撃やクーデターや自然災害などが、いかに国家にショックを与えるかについてです。
そしてこの第一のショックが引き起こす恐怖や混乱に乗じた企業や政治家が、今度は経済的ショック療法によって国家に二度目のショックを与え、さらにこうしたショック政治に果敢に抵抗しようとした人々が、警察や軍、刑務所の尋問官などによって三度目のショックを与えられるという、そのメカニズムを探っているのです。
私があなたの話を聞きたいのは、私の推測する限り、あなたはもっとも大きなショックを与えられた一人だからです。電気ショック療法(ECT)をはじめとする”特殊な尋問方法”を使った米中央情報局(CIA)の秘密実験を生き延びた、数少ない生存者の一人だからです。そして一九五〇年代にマギル大学であなたに対して行なわれた研究が、現在ではグアンタナモ・ベイの米軍基地やアブグレイプの刑務所で応用されていると考えられる理由が十分あるのです」

・・・モントリオールの陰うつな老人ホームにゲイル・カストナーを訪ねた。・・・

・・・もう半世紀近く前にカストナーに電気ショックをはじめとするさまざまな拷問を与え、すでに他界して数十年も経つ精神科医、ユーイン・キャメロン博士その人である。「昨晩はあの”化け物”が二回も出てきたんです」と、彼女は私が部屋に入るとすぐに言った。・・・

成人してからの人生を通じて、カストナーの頭脳は機能不全の状態だった。・・・
・・・二〇代から三〇代にかけて、彼女はうつ病と薬物依存症に悩まされ、時にそれが重症化して入院し、昏睡状態が続くこともあった。こうしたことがたび重なるにつれて彼女は家族にも見放され、孤独に身をやつす。ついには、スーパーのゴミ捨て場から食べ物をあさって生きるしかない状況に追い込まれた。
・・・カストナーは双子の妹ゼラとよく言い合いになった。ゼラによれば、ゲイル〔カストナー〕は以前、もっと病が重く、ゼラが面倒を見なければならなかったという。「あんたのおかげで、どんなひどい目に遭ったことか」とゼラは言う。「居間の床でおしっこはするわ、指しゃぶりをして赤ちゃん言葉で話すわ、私の赤ん坊の哺乳瓶を欲しがるわ、とんでもないことばかりしてた。私はそれを全部、耐えなきゃならなかったんだから!」。・・・

四〇代の後半、カストナーはジェイコブという男性と恋愛関係になった。彼女はジェイコブを「運命の人」と呼ぶ。ジェイコブはホロコーストの生存者で、やはり記憶とその喪失という問題に強い関心を持っていた。ジェイコブが死んでもう一〇年以上経つが、彼はカストナーの記憶に説明のつかない欠落があることにひどくこだわった。「何か理由があるはずだ」と彼は言った。「きっと何か理由がある」

一九九二年のこと、街を歩いていた二人が新聞スタンドの前を通りかかったとき、大きな見出しが目に入った。「洗脳実験 犠牲者補償へ」という文字に惹かれてカストナーが記事に目を走らせると、「赤ちゃん言葉」「記憶障害」「失禁」などという言葉がすぐに目に飛び込んできた。
「ジェイコブに「この新聞買って」と言いました」。近くのコーヒーショップに入って記事を読むと、そこには驚愕すべき事実が書かれていた。

CIAの依頼による人体実験
一九五〇年代にCIAの依頼を受けたカナダ、モントリオールの精神科医が、患者を実験台にして常軌を逸した実験を行なったというのだ。
患者は何週間も眠らされて隔離されたのち、強力な電気ショックを何度も与えられたうえ、LSDやPCP(通称エンジェルダスト)などの幻覚剤を混合した実験的薬物を大量に授与された。これによって患者は言語習得前の幼児のような状態に退行したという。
この実験はマギル大学付属アラン記念研究所で、所長であるユーイン・キャメロン博士の指揮のもとに行なわれた。

七〇年代後半、CIAがこの実験に資金を出していたことが情報公開法に基づく請求によって明るみに出て、アメリカ上院の公聴会が何度も開催された。
キャメロンの元患者ら九人が団結し、CIAと、同じくキャメロンに研究費を提供したカナダ政府を相手取って訴訟を起こした。
裁判は長引いたが、患者側の弁護団は実験があらゆる医療倫理基準に違反すると主張し続けた。彼らはもともと軽い精神症状(産後うつや不安神経症、なかには夫婦間の問題の相談という人までいた)を訴えてキャメロン医師のもとを訪れたのだったが、本人には何も知らされず、承諾もなしに、人間の心をいかにコントロールするかに関するCIAの研究のモルモットにされてしまったのだ。
一九八八年、CIAは和解に応じ、九人の原告に対して総額七五万ドルの賠償金を支払うことに同意した。これは当時のCIAにとって、過去に類を見ない巨額の和解金だった。
四年後、カナダ政府は実験に関わった患者一人ひとりに対して一〇万ドルを支払うことに同意した。

ショック療法の共通点
キャメロンは今日のアメリカの持つ拷問技術の開発に中心的役割を果たしただけではない。
彼の行なった実験は、惨事便乗型資本主義の根底にある論理もユニークな形で浮き彫りにしている。
大規模な災害 - 巨大な破壊 - だけが「改革」のための下地を作るとの考えに立つ自由市場経済学者たちと同様キャメロンは人間の脳に一連のショックを与えることによって、欠陥のある心を消去し、白紙状態になったところに新しい人格を再形成できると考えたのである。

カストナーはそれまで、CIAとマギル大学との関係が問題になっていることについてぼんやりとは知っていたが、気にかけていなかった。自分はアラン記念研究所となんの関係もないと思っていたからだ。けれども今、ジェイコブと二人で新聞を読みながら、彼女は元患者たちが記憶障害や退行現象を訴えていることに強く関心を惹かれた。「この人たちは私と同じ経験をしたにちがいないって思ったんです。それでジェイコブに言いました - 「原因はこれだったんだわ」と」
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