2010年4月25日日曜日

樋口一葉、頭痛に苦しむ 「かしらのいとなやましきに、胸さへもたゞせまりにせまりてくるほしければ」(「蓬生日記」明26年4月25日)

樋口一葉は、常に頭痛に悩まされていた。
先ごろ亡くなられた井上ひさしさんに「頭痛肩こり樋口一葉」という作品があるくらい。
井上さんには別に、「泣き虫なまいき石川啄木」というのもある。
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先に「一葉、春寒を願う」で引用した明治26年(1893)樋口一葉21歳の時の日記の2月6日の条に、
「著作のことこゝろのままにならず。かしらはたゞいたみに痛みて何事の思慮もみなきえたり。・・・」とある。
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しかし、私の知る限り最悪の状況は、上と同じ年、明治26年(1893)の今日(4月25日)のものだろう。

「(四月)廿五日 早朝は晴れたる様なりしが、六時過るより空たゞくらく成に成て、雷雨昨夜にかはらず、しばしも戸を明がたし。・・・我れは文机に寄りて、とざまかうざまにものおもふほど、かしらのいとなやましきに、胸さへもたゞせまりにせまりてくるほしければ、ふすまかづきて打ふしたるまゝ、日くるゝもしらず、八時過るまで寐にけり。」(「蓬生日記」明治26年4月25日)

現代語訳では、
「二十五日。早朝は晴れていたようだが六時過ぎ頃から空はどんどん暗くなり、雷雨は昨夜にかわらないほどで、しばらくも戸を開けることが出来ない。・・・私は、机にもたれてあれこれ物思いをしていると頭痛が烈しくなり、雷雨の恐ろしさも何も耳に入らなくなった。私の魂が何処かへ誘われて行くのでしょうか。一時間ばかりは夢を見ているようでした。ふと目を覚ました時は、雨戸から漏れる日の光はあざやかになって、さしもの空も名残りなく晴れ渡っていました。午後からまた少し雨が降り出したが、まもなく風になった。頭がひどく痛く胸までもますます締めつけられるようで気が狂いそうなので、蒲団をかぶって寝てしまい、日が暮れたのも知らないのでした。八時過ぎまで寝てしまった。」
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この条は、単なる文筆家の頭痛だけではなく、一葉の死因ともなる結核性の症状が併せ出たのではないかとの指摘がある。
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数日後(4月29日と推測される)、一葉は半井桃水を訪ねるが、この時、桃水からよく養生するように言われる。

「・・・「又脳病におはしますよし、よくやしなひ給へよ。今君にして病ひおもからば、家の事をいかにせんとか覚(オボ)す。つとめて心のどかに、一日もはやく治せんことを覚せ。さはれ筆とるものゝならひ、此病ひなき人こそ少なかりけれ。我も昔しはいと健(スコヤ)かなりし身の、打つゞきて脳の病みつよく、此頃は少しおこたりし様なれど、いとなやましき也。今の病ひいゑなば、よし花はあらずともよし、何方(イヅク)の野山にもあくがれて、心かぎりなぐさまんとおもふぞかし。君にも籠居(タレコメ)のみにおはしまさで、新らしき風に当らせ給ふぞよき」とさとし給ふ。・・・」(「日記断片その二」)。

「・・・「あなたは頭痛がおありだとのこと、充分養生なきって下さい。今あなたが重い病気になられたらお家の事はどうなるとお思いですか。努力して一日も早く治るようになさい。それにしても筆で身を立てる人の常として、この頭痛を持たない人は少ないのです。私も昔は頑健な体でしたが、いつも頭痛が烈しく、此頃は少しは治ったようですが、時にはまだひどく痛むのです。今のこの病気が治ったなら、たとえ花は過ぎていても、何処かの野山を歩き廻って、心の限り遊ぼうと思っているのです。あなたも家にばかり閉じこもっていないで新鮮な風に当たるのがよいのですよ」・・・」
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この年7月、一葉一家は龍泉に引っ越し、そこで雑貨の商いを始めるが、8月下旬~9上旬にかけて、一葉はまたまた激しい頭痛に襲われ、しばしば寝込んでいる。
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8月25日
「(八月)廿五日 ・・・此処(ココ)四、五日、事のせわしさ、なみならざるが上に、脳のなやみつよくして、寐たる日もあり。すべて日記怠りぬ。」(「塵中日記」8月25日)
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9月1日
「九月一日 早朝より例之(レイノ)脳病起りて、しばしもたつことあたはず、終日(ヒネモス)ふしたり。午後より雷雨おびたゞし。」
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9月19日
「(九月)十九日 四、五日脳痛はげしく、加ふるに商業忙しくして、何事をもものせず。」(「塵中日記」9月19日)
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一葉は、自分の頭痛について、子供の頃は非常に元気であったが、成長するにつれて激しい頭痛など堪え難い症状が出てきたのだ、と述懐している。
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明治24年9月19歳の頃に書いたと思われる「筆すさび」に・・・。
「おのれ十四ばかりのとしまでは、病ひといふもの更に覚えず、親もはらからもみな脳の病ひにくるしむなるを、我は一人かしらいたきなどいふことふつになく、・・・やや大人び行くままに、ここにかしこに病ひ出来て、こと更にかしらいたみ、肩などのいたくはれなどすれば、物覚ゆる力とみにうせて、耐えしのぶなどは更にできうべくもあらず
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「大人になるにつれて、あちこち病気が出てきて、中でも頭痛と肩などが大そう腫れるなどのことがあると、物を記憶する力が急になくなり、忍耐などできそうにもない。」
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「★一葉インデックス」をご参照下さい。
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