2011年4月9日土曜日

夏目漱石「吾輩は猫である」再読私的ノート(4の2) 「金を作るにも三角術を使はなくちやいけない・・・義利をかく、人情をかく、恥をかく是で三角になる・・・」

吾輩が忍び込んだ金田邸では、金田夫妻と御客の会話が続いている。
この御客が、登場人物⑬:鈴木藤十郎(苦沙弥氏の同級生)である。

この御客は、吾輩の主人(苦沙弥氏)をしきりに批判している。
「・・・あの男は私が一所(いつしよ)に下宿をして居る時分から実に煮え切らない・・・」
「昔から頑固な性分で--何しろ十年一日の如くリードル専門の教師をして居るのでも大体御分りになりませう」
「・・・一体少し学問をして居ると兎角慢心が萌(きざ)すもので、其上貧乏をすると負け惜みが出ますから 
- いえ世の中には随分無法な奴が居りますよ。
自分の働きのないのにや気が付かないで、無暗に財産のあるものに喰つて掛るなんてえのが - 丸で彼等の財産でも捲き上げた様な気分ですから驚きますよ、あはゝゝ
そして、金田氏は鈴木に苦沙弥氏の説得を依頼。
もし近いうちのに寒月が博士になるなら、貰う事になるかも知れないくらいは言ってもよいと言う。
*
依頼をうけた鈴木藤十郎が苦沙弥宅を訪問。
ここで二人のやり取りは、この二人のプロフィールの相違が際立てる。
「十年立つうちには大分違ふもんだな」と主人は鈴木君を見上げたり見下ろしたりして居る。
鈴木君は頭を美麗(きれい)に分けて、英国仕立のトヰードを着て、派手な襟飾りをして、胸に金鎖さヘピカつかせて居る体裁、どうしても苦沙弥君の旧友とは思へない。

「うん、こんな物迄ぶら下げなくちや、ならん様になつてね」と鈴木君は頻(しき)りに金鎖を気にして見せる。
「そりや本ものかい」と主人は無作法な質問をかける。
「十八金だよ」と鈴木君は笑ひながら答へた・・・
「ハゝゝ教師は呑気でいゝな。僕も教員にでもなれば善かつた」
「なつて見ろ、三日で嫌になるから」
「さうかな、何だか上品で、気楽で、閑暇(ひま)があつて、すきな勉強が出来て、よささうぢやないか。
実業家も悪くもないが我々のうちは駄目だ。実業家になるならずつと上にならなくつちやいかん。下の方になると矢張り詰らん御世辞を振り撤いたり、好かん猪口(ちよこ)を頂きに出たり随分愚(ぐ)なもんだよ

「僕は実業家は学校時代から大嫌だ。金さへ取れゝば何でもする、昔で云へば素町人(すちやうにん)だからな」と実業家を前に控へて太平楽を並べる。

「まさか - さう許りも云へんがね、少しは下品な所もあるのさ、兎に角金と情死(しんぢゆう)をする覚悟でなければ遣り通せないから 

- 所が其金と云ふ奴が曲者で、- 今もある実業家の所へ行つて聞いて来たんだが、金を作るにも三角術を使はなくちやいけないと云ふのさ - 義利をかく、人情をかく、恥をかく是で三角になるさうだ面白いぢやないかアハゝゝ」

「誰だそんな馬鹿は」
・・・
*
(その四の三)に続く

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