2012年7月16日月曜日

京都 祇園祭2012 宵々山(2) 月鉾 大船鉾 船鉾

祇園祭2012 宵々山(2)
(山鉾に関する説明は京都新聞HPより借用してます)

▼月鉾
京都市下京区四条通室町西入月鉾町
『古事記』によれば、伊弉諾尊が黄泉の国から戻り、禊祓いをされたとき、左眼を洗って天照大神、右眼を洗って月読尊、このあと、鼻を洗って素戔鳴尊を生んだ。月読尊は夜を支配した神だが、水徳の神でもあり、月鉾は、この故事に由来する。
鉾頭に、横40センチ、上下24センチの金色の三日月。真木の中ほどに天王様を飾った天王台の下には籠製の船が真木を貫いてとり付けられる。元治元年の大火にもわずかに真木を失っただけだった。



▼大船鉾
京都市下京区新町通四条下ル四条町
かつて凱旋(がいせん)船鉾と呼ばれ、現在巡行している船鉾のほかにもう一基あった船形の鉾。
1864年の蛤(はまぐり)御門の変で焼失して巡行に参加できなくなった後は、神功皇后のご神体や豪華な懸装品などを飾る「居祭り」を130年間続けてきたが、高齢化や人手不足で1994年を最後に中止。
2006年、懸装品を展示する「飾り席」が地元の四条町内で復活し、1997年に青年層が囃子方を復活させた。2014年の復興を目指している。


▼大船鉾の勇姿
大船鉾友の会会員募集パンフレットより
▼船鉾
京都市下京区新町通綾小路下ル船鉾町
『日本書紀』の神功皇后の新羅出船に由来する。屋形内に飾られた神功皇后の人形は、面を着け、頭に天冠を頂き紺金襴の大袖に緋の大口、緋縅の大鎧を付けている。応仁天皇を生んだゆかりから、御神体に、晒を巻いて置き、巡行後に安産祈願の御腹帯として授与する習慣がある。
現在の船鉾は、宝暦年間に計画され、天保年間に完成。船頭に「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥を飾る。高さ1.3メートル、両翼端2.7メートル。





▼縄の結びの整然とした機能美がいい

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