神奈川新聞
波紋広がる横浜市立中学の副読本 歴史記述めぐる処分に研究者ら抗議の声/神奈川
2012年12月30日
横浜市教育委員会が市立中学校で配布した2012年度の副読本「わかるヨコハマ」をめぐり、騒動が起きている。関東大震災時の朝鮮人虐殺の記述について、一部市議が「歴史認識などに大きな影響を及ぼしかねない」と反発。市は手続きの不備などを理由に関係職員を処分した。この対応に、複数の研究家や市民団体が「歴史的事実をふまえず、議会の一方的な批判に従うのは教育の中立公正への信頼を損ねる」と抗議の声を上げている。
一部市議が問題としたのは、東京では国家権力側の軍や警察が虐殺の主体だったとする内容の記述。
これまでの副読本では、2001年度まで軍と警察を虐殺の主体としたが、02~07年度は「積極的関与を示す資料がない」ことから軍隊を外し、09~11年度は警察も外した。それが12年度の改訂で両方“復活”した。
1997年に見つかった関東戒厳司令部の公文書などから、軍隊と警察の関与は明らかだ。政府の中央防災会議も、震災2日後まで、軍隊や警察による朝鮮人、中国人の殺傷があったことを認めている。
一方、横浜での虐殺行為を直接に記載した公文書は見つかっていない。だが、横浜地裁判事の日記など数々の体験記や当時の新聞記事などには、官権側が「朝鮮人が井戸に毒を入れる」などの流言を肯定し、殺害をあおったり、直接手を下したとの記述がある。
改訂について、市教委指導企画課は「研究により東京では警察・軍隊の関与が明らかになっており、それを記した。明確な公文書がない横浜については分けて記述した」と説明する。
ところが12年夏に、市会常任委員会で一部議員から、中学生の教材に官憲側が虐殺を主体的に行ったと記すことについて「わが国の歴史認識や外交問題にきわめて大きな影響を及ぼしかねない」と否定的な発言があった。山田巧教育長はその場で「誤解を招く表現」として副読本の改訂を表明。後日、「12年度版の改訂にあたって決裁を受けなかった」などと関係職員を処分した。
市教委側は「横浜でも警察や軍隊の関与がはっきりしているように誤解されてしまった」と説明し、記述自体に誤りはないとする。実は、改訂について決裁が行われた例はないが、それでも処分したのは「文章の大きな書き換えには決裁が必要」だからという。
正しい文章に対する前例がない処分。異例な対応の裏には“歴史認識”という言葉に萎縮する教育行政の姿がある。「(育鵬社の)教科書採択の経緯などを踏まえれば慎重になるべきだった」と関係者。
一連の動きについて複数の市民団体や研究者らは抗議文や要請書、公開質問状を提出した。要請書を出した関東大震災の研究者、山田昭次立教大名誉教授は「歴史教科書は、歴史学の実証的成果に基づかねばならない。実証された史実を、政治的思惑で改編してはならない」と市教委の対応に警鐘を鳴らしている。
◆「わかるヨコハマ」 横浜の歴史や自然などについての中学生向け副読本。横浜市教委が内容を編集、神奈川新聞社が印刷・発行している。執筆はそれぞれの分野の専門家が担当。
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