2015年9月25日金曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(133) 「第21章 二の次にされる和平 - 警告としてのイスラエル -」(その1) : 「まるでディケンズの世界だ。国際関係の専門家は今がかつてない最悪の時代だと言い、投資家はかつてない最高の時代だと言う」    

エンジェルズ・トランペット 2015-09-23 横浜
*
第21章 二の次にされる和平
- 警告としてのイスラエル - 

 高いフェンスで囲った場所、それはグラーグ〔スターリン政権下の矯正労働収容所〕に限らない。高速道路沿いの遮音フェンスや、スポーツスタジアムの特別観覧席・禁煙エリア、空港内のセキュリティー・ゾーン、そして「ゲーテッド・コミュニティー」。(中略)フェンスは「持てる者」の特権意識と”持たざる者”の羨望を、どちらにとっても気恥ずかしい形で露呈する。だがそうは言っても、フェンスにはそれなりの機能がある。
- クリストファー・コールドウェル(『ウィークリー・スタンダード』誌編集長 二〇〇六年)

2007年、ダボスでの困惑:「ダボス・ジレンマ」
 二〇〇七年、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで、政財界のリーダーたちは・・・(これまでの)通念が通用しない事態に直面し、困惑する。

 「ダボス・ジレンマ」と呼ばれたこの困惑とは、フィナンシャル・タイムズ』紙のコラムニスト、マーティン・ウルフによれば「好調な世界経済と混沌とした政治状況との対照的な関係」だという。世界経済は「二〇〇〇年の株式市場の暴落〔いわゆる1Tバブル崩壊〕、二〇〇一年九月一一日のテロ事件、それに続くアフガニスタン戦争とイラク戦争、アメリカの経済政策をめぐる論争、一九七〇年代以降最大の原油価格高騰、世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド交渉の中断、そしてイランの核開発をめぐる各国間の対立 - と、さまざまな衝撃に直面してきた」にもかかわらず、「広範囲にわたる成長の黄金時代」を謳歌している、とウルフは指摘する。

 ひとことで言えば、世界は荒廃の一途をたどり不安定になる一方、グローバル経済は諸手を挙げてそれを歓迎しているということだ。

 そから間もなく、ローレンス・サマーズ元米財務長官は、政治と市場の「ほぼ完全な断絶」をこう評した。「まるでディケンズの世界だ。国際関係の専門家は今がかつてない最悪の時代だと言い、投資家はかつてない最高の時代だと言う

経済指標「銃対キャビア・インデックス」から読み取る事実
 この不可解な動向は、戦闘機(「銃」)と高級自家用ジェット機(「キャビア」)の売り上げを比較する「銃対キャビア・インデックス」と呼ばれる経済指標からも読み取れる。

 過去一七年間にわたり、戦闘機の売上げが好調なときは常に自家用ジェット機の売上げは落ち込み、反対に自家用ジェット機の売上げが伸びたときには戦闘ジェット機が落ち込むという傾向が見られた。たしかに「銃」を売って儲ける武器商人は常に少数は存在するが、世界経済全体から見れば影響力はほとんどない。現代の市場では、紛争や社会的混乱など安定を欠いた状況下では好景気にはなりえない、というのが自明の理とされてきたのだ。

 ころが今やそうではなくなった。イラク侵攻の起きた二〇〇三年以降、戦闘機と高級自家用ジェットの売上げは、足並みをそろえるように急速な伸びを示している。

 つまり、世界はますます平和から遠ざかると同時に、経済収益もどんどん拡大しているのだ。

 中国とインドの急速な経済成長が贅沢品の需要増大に一役買っているのも事実だが、ごく小規模にすぎなかった軍産複合体が惨事便乗型資本主義複合体へと拡大したことも大きな要因となっている。

 今日、不安定な国際情勢で潤っているのは何もひと握りの武器商人だけではない。ハイテク化したセキュリティー産業や建設業者、負傷した兵士を治療する民間医療企業、石油やガス会社、そして言うまでもなく軍事請負企業も巨額の利を得ている。

ロッキードそのものが「新興成長市場」だった
 ロッキード・マーティンのブルース・ジャクソン元副社長は、イラク解放委員会の委員長としてイラク戦争を大っぴらに煽ったが、同社は二〇〇五年だけで国民の税金二五〇億ドルを手にした。民主党のヘンリー・ワックスマン下院議員によれば、これは「アイスランドやヨルダン、コスタリカなど世界一〇三カ国のGDPより多く、(中略)わが国の商務省、内務省、中小企業局、連邦議会上下院の予算を合わせた額よりも多い」という。ロッキードそのものが「新興成長市場」だった(同社の株価は二〇〇〇~〇五年の間に三倍に跳ね上がった)。

 アメリカの株式市場が9・11以降、長期的に下落しないですんだ大きな理由のひとつは、ロッキードのような企業が存在したからだ。通常の株価が低迷を続けるなか、「防衛、セキュリティー、航空各企業の株価の指標」であるスペード防衛インデックスは、二〇〇一年から〇六年までに年平均一五%も上昇した。これは同時期のS&P500〔アメリカの代表的五〇〇銘柄の株価に基づいて算出される株価指数〕の上昇率のじつに七・五倍にあたる。

イラクで作り上げた収益性のきわめて高い経済モデル「復興事業の民営化」が、「ダボス・ジレンマ」にさらに拍車をかけている。

 戦争や自然災害後に競争入札なしの旨みのある契約を受注する大手土木企業を含む建設業界の株価は、二〇〇一年から〇七年四月までに二・五倍に上昇した。復興事業は今や巨大なビジネスと化し、新たな危機が訪れるたびに新規株式公開ラッシュが起きている。イラク復興関連では公開総額三〇〇億ドル・スマトラ沖地震による津波からの復興では一三〇億ドル、ニューオーリンズと周辺湾岸地域の復興では一〇〇〇億ドル、イスラエル軍のレバノン侵攻後の復興では七六億ドルという具合だ。

かつては株価を急落させたテロ攻撃も、今では株式市場に活況をもたらす
 二〇〇一年の9・11事件の際には、市場が再開されるやダウ式平均株価は六八五ポイントも急落した。

 ところがそれとは対照的に、二〇〇五年七月七日、ロンドンで同時爆破事件が起きて多数の死傷者が出たときには、アメリカの株式市場の終値は前日より上昇し、ナスダック店頭市場は七ポイント上昇した。

 翌八月、ロンドン警視庁がアメリカ行きの旅客機爆破テロを計画した容疑者二四人を逮捕したときも、ナスダックの終値は前日より一一・四ポイント上昇したが、その大きな理由はアメリカのセキュリティー関連企業の株価が急騰したことだった。

石油業界も、とてつもない利益を上げている
 二〇〇六年、エクソン・モービルは四〇〇億ドルという史上最高の収益を記録し、シェブロンなどの競合企業もそれに続く高い収益を上げた。

 軍事、建設、セキュリティーに関連する企業と同様、石油業界もまた戦争やテロ攻撃、カテゴリー5レベルの大型ハリケーンが起きるたびに収益を拡大してきた。主要産油地域が不安定な状況に陥った結果、石油価格が高騰すると、そこから短期的な利益を得るばかりでなく、災害を利用して首尾よく長期的収益を得てきたのだ。

 アフガニスタン復興資金のかなりの部分を新しい石油パイプライン敷設に必要な道路整備事業に振り向けたことしかり(他の大規模復興事業の大部分は頓挫した)、イラク国内が危機に瀕しているさなかに新石油法案を強引に成立させたことしかり、ハリケーン襲来に便乗して七〇年代以降アメリカ国内で建設が止まっていた石油精製所の新設を決めたことしかり。

 このように石油・ガス産業は、大惨事を引き起こす根本原因ともなり、大惨事の発生によって利益を得る側にもなるという二つの意味で災害経済ときわめて密接な関係にあり、まさに惨事便乗型資本主義複合体の”名誉補佐役”と呼ぶにふさわしい存在なのである。





0 件のコメント: