2016年3月14日月曜日

堀田善衛『ゴヤ』(88)「巨人の影に」(1) 「それまではグズな男ということになっていたフェルナンドは一挙に同情すべき犠牲者であり、敢然とナポレオンに盾ついた英雄、ということになった。」

横浜市 2016-03-08
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 一八〇七年一〇月二八日、エル・エスコリアール離宮の、王の執務机の上に次のようにしるされた無署名の紙片がおいてあった。

・・・御注進申す、急がれよ、王よ、宮廷に革命が起ろうとしておりまするぞ。王座は危殆に瀕し、王妃は毒を盛られようとしておりまするぞ。

・・・王は、彼の狩猟用のラッパ銃が暴発でもしたかのように怒り出し、皇太子を逮捕させた。そうして皇太子の私室を捜索してみると、その月の一一日付でナポレオン皇帝へ皇太子が送った密書の写しが出て来た。
・・・
皇太子は、あの陰鬱きわまりないエル・エスコリアール離宮の、・・・、一室に閉じ込められた。

このエル・エスコリアール陰謀事件で皇太子は裁判にかけられ、死刑という求刑が出たが、皇太子は・・・、とにもかくにも堪忍してもらった。・・・
王は、皇太子の側近を追放し、当時としては珍しいことにこの陰謀の経緯と結末をマドリードの新聞に発表した。肝心のナポレオンへの手紙の件だけは除いて。・・・

しかし、この近代的な”発表”は、民衆の間にまったく逆の効果をもたらした。王、王妃、ゴドイのスキャンダラスな関係は民衆一般もとうに承知の上のことであったから、それに敢て歯をむいた皇太子フェルナンドの株が急上昇をしはじめたのである。・・・

元来ナポレオンのもっていたピレネー山脈の西に対する関心は、スペインよりも、むしろポルトガルにあった。小さなポルトガルが頑固にイギリスと結んでその保護をうけていたからである。というより、小国ポルトガルにとって、ほかにどういう道があったろう。西仏連合艦隊がトラファルガール沖で潰滅した今日、ポルトガルの生命源であるブラジルやアフリカの植民地との通航を守ってくれるものは英国艦隊でしかない。
一八〇六年、ナポレオンがベルリン勅令によって対英大陸封鎖を宣言した・・・が、ポルトガルとオランダから水が洩れていた。英仏独墺にわたる金融資本家ロスチャイルド家などが封鎖破りの主役であった。オランダをおさえつけた後は、どうしてもポルトガルということになる。

ナポレオンは西仏国境の町のバイヨンヌに兵を進めた。はじめは少数の、リスボンの宮廷に反省を求めるための、いわば象徴的な部隊にすぎなかった。しかし、ポルトガルへ出兵をするにはスペインを通過しなければならぬ。ナポレオンはスペイン領通過協定の締結を求めた。ゴドイは、承知するともしないとも曖昧な態度で抵抗をつづけた。
が、やがてフォンテンプロォ協定というものが出て来た。これによると、ポルトガルの北と南はスペイン軍が占領する、中央部はフランス軍、そして戦後は再協定によって西仏連合管理とし、別に小さい公国を一つつくる、という内容であった。この公国は、当然、平和大公マヌエル・ゴドイ閣下の領有となる。・・・

かくて一八〇七年一〇月、ナポレオン軍はスペイン領を通過してこの月の末にリスボンを占領した。そうして軍は少数の象徴的なものどころではなく、スペイン人が眼をむくほどの大軍であった。ポルトガル王家は一家あげてブラジルへ逃げ出してしまう。西仏連合作戦の筈であったのに、スペイン軍はおくれをとってしまった。それもその筈であった。スペインの正規軍 - といってもアイルランド人、イタリア人、ワローン人などの傭兵との混成軍である - は、ナポレオンによってとっくにスペインから吸い出されてドイツのハノーヴァーにいた!そうして事前の約束は悉く反故にされ、ポルトガル全土はナポレオン崖下のジュノー将軍の私領になってしまった。

・・・、事態がかかることになってしまうと、それはゴドイの政策の失敗ということになる。一切の強権を一身にあつめた、さすがのゴドイも次第に孤立していく。・・・
・・・ナポレオン皇帝はフェルナンドを支持してゴドイを退けたのだ! そこでゴドイとマリア・ルイーサが巻きかえしに出たのだ! それから、フェルナンドはフランス軍の出兵 - ・・・ - に反対して、それで逮捕されたのだ、それが”真の理由”だ、ということになった!・・・

・・・フェルナンドこそが政略結婚によってスペインをナポレオンに売ろうとした売国奴である。真の”協力派”である。
けれども一般民衆の世論にとっては、フェルナンドこそが真の”抵抗派”である、ということになった。
かくてゴドイの評判はより一層、急激に悪くなり、教会では聖職者が公然と攻撃をはじめた。
・・・
それまではグズな男ということになっていたフェルナンドは一挙に同情すべき犠牲者であり、敢然とナポレオンに盾ついた英雄、ということになった。

・・・一九世紀初頭のフランスから見て、一般的にスペインというものがどう見えていたか・・・。
スペインは、ナポレオン皇帝を頂いて全欧制覇に沸き立っているフランスの眼には、要するにいまにも木から落ちそうなリンゴかナシの実のようなものであった。民度の低い民衆一般は、宗教行事の行列と、闘牛と、野蛮な男女出入りに夢中になっていて、不平たらたらのブルジョアジーはほんの少数で、中産階級というものを形成もしていない。インテリはいまだに百科全書や人権宣言などを異端審問所を怖れながら廻し読みをし、とうに死んでしまったフランス革命に憧れている。それにまったく無智蒙昧の、多数の聖職者たち。マハやマホなどという伊達者どもでさえフランス語のかけっはしを喋らないと恰好がわるいと思っている。料理人や衣裳屋などは本名が Pedro であっても Pierre と名乗る。飢えで死にそうな下層貴族や郷士ども。産業は、英仏との比較で言えば無にひとしく土地は砂漠同然。少数の大貫族はおっかなびっくりで陰謀にふけり、女貴族はパリの流行だけしか考えていない。宮廷はエル・エスコリアール、ラ・グランハ、アランホエースなどの離宮をほっつき歩くだけで政務などというものはほとんどしない。王はただ鉄砲を射ってあるくだけ、王妃は色事専業、皇太子は腹黒くて臆病者、総理大臣兼陸軍元帥は虚栄心と好色のかたまり・・・。スペイン国家は虫食いのおんぼろ樹木で中味はがらんどうである。

ナポレオンがロシアをも含む全欧制覇という野望をもつにいたった、いわば文化文明的背景について、・・・。一七世紀、一八世紀は、いわばフランス文明が全欧を完全に制覇した時代であった。フランス語を話せないものは、いわば人間ではなかった。単なる地方人、田舎者であるにすぎない。ドイツ語もイタリア語も地方語である。プロシャの賢主といわれたフリードリッヒ大王にしてさえがフランス語でその回想をしるしている。ベネチア人のカザノヴァもフランス語で書いている。ロシアの貴族たちは社交場裡でのお互いの会話をフランス語で行っていた。

そうして現代フランスは、大革命を経て、時代遅れのブルボン王朝を追放し、若返って、カに満ちたナポレオン皇帝に導かれている。皇帝は軍事的天才であるだけではなく、その法典に見られるように、現ヨーロッパのどの支配者よりも、行政においても傑出している。
そういう皇帝が全欧の隅々まで行きわたったフランスの文化、文明に政治的、軍事的枠を与え、これを統一しようとすることは至極当然かつ自然なことである。ナポレオンの任務は、その当然かつ自然事を遂行するだけのことである。
従って、そういう大陸においての当然自然を、あたまから、しかもいささかも当然とも自然とも思わぬイギリスが不倶戴天の敵となることは、これもまた当然、自然であった。スペイン、ポルトガルは、この二つの論理が軍隊のかたちをとって往復をする、不幸な戦場とならなければならなかった。

もう一つ、その軍隊について、である。フランス革命は、はじめは志願による市民軍、後には徴兵令によって召集された国民軍の創始者であった。ゲーテがヴァルミイの戦いを目撃して、- ここから、そしてこの日から、歴史のまったく新しい時代が始まる。
と言ったのは、それまでの国籍も何もごちゃまぜの傭兵同士のあいだの戦争ではなく、国民と国民との戦争というものが開始されたことを指していた。

王や領主に備われている兵隊同士の戦争は、それは一種の取り引きである。全滅をしたり、させたりしたのでは、お互い三文の得にもならない。国民軍同士の皆殺し戦争の残酷さに比べれば、そこにいわば優雅な取りきめ、約束のようなものさえがあった。敏に対する憎悪などもさほど濃くはなかった。なんと言っても商売である。戦争へ妻子を同行していることも珍しくはなかった。敵味方お互いに生活がかかっていた。鍋釜持参、女子供同伴の戦争である。味方に戦死者が出ると傭い主は補償金を支払わねばならなかった。

しかし、市民軍、国民軍が縞成されて様相は一変した。皆殺し戦争の時代がここに開始されたのである。市民、国民としての権利と義務の平等を認められてはじめて、皆殺し戦争が可能になった。戦死者は名誉の死というわけでタダ奉公になる。現代史の背理性がここに開始される。
敵に対する憎悪もまた国民的規模をもつようになる。それまでは戦場となった地域の住民は、流れ弾にでもあたらぬ限り、傭兵同士の戦争と関係はなかった。一時避難をすればよかったのである。ところが国民戦争となればそうは行かない。戦場が敵地であるとなれば、地域の住民もまた敵である。南京大虐殺の素地はすでにここにあったと言ってもさほど過言ではないであろう。

さらにナポレオンの戦法は、軍隊の現地自活、戦費も征服によって現地でまかなう。つまり徴発による戦争である。荒され、搾取されるものは現地の住民であり、鍋釜はもっていても兵隊に生活はかかっていず、親方ナポレオンで人殺しに専念する。
怖るべき”現代”の顔が、ここにはっきりとその顔を正面からのぞかせている。文化の優位と普及から発して皆殺し戦争へ。・・・
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