鎌倉 長谷寺
総督府へ行ってくる 茨木のり子
韓国の老人は
いまだに
便所(ピョンソ)へ行くとき
やおら腰をあげて
〈総督府(チョンドクブー)へ行ってくる〉
と言うひとがいるそうな
朝鮮総督府からの呼び出し状がくれば
行かずにすまされなかった時代
やむにやまれぬ事情
それを排泄につなげた諧謔と辛辣
ソウルでバスに乗ったとき
田舎から上京したらしいお爺さんが坐っていた
韓服を着て
黒い帽子をかぶり
少年がそのまま爺(じい)になったような
純そのものの人相だった
日本人数人が立ったまま日本語を少し喋ったとき
老人の顔に畏怖と嫌悪の情
さっと走るのを視た
千万言を費されるより強烈に
日本がしてきたことを
そこに視た
詩集『食卓に珈琲の匂い流れ』(1992年12月 花神社刊)
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