2013年8月3日土曜日

改憲は、いまではない。 わたしたちはまだ改憲に取りくむ段階に達していない。(宮内勝典)

(略)

 たしかに憲法九条はきれいごとに映る。
だがわたしたちは七十年近く、戦争ではひとりも殺していない。
世界史でも希有(けう)なことだ。
日本が世界に誇りうることではないか。
憲法九条は理想的すぎるかもしれないが、戦争への歯どめとして長いこと機能してきたのだ。

 今回の選挙でわたしが危ぶんでいたのは、民族感情の昂(たか)ぶりであった。
兆候はすでに現れている。
若者たちは外界への関心を失って、あきらめがちに携帯を見つめている。
そして中高年の世代ばかり、勇ましく改憲の旗をふりかざす。
若者たちを戦場へ送りだす立場だから痛みはないのだろう。
TPPも気がかりである。
世界市場につながろうと国の玄関ドアを開け放ちながら、一方、内向きの民族感情で自分たちの部屋には鍵をかけようとしている。
衆参のねじれは解消したけれど、日本人の精神のねじれは深まりつつある。

 民族感情にもとづく昂ぶりは、かならず判断を誤らせる。
わたしたちは太平洋戦争で痛いほど学んだはずだ。
あのときの判断の誤りは戦後七十年近く過ぎたいまでも尾を引いている。
アジア全域にひろがる反日感情が、あの戦争のせいであることは言うまでもない。

(略)

 改憲は、いまではない。
わたしたちはまだ改憲に取りくむ段階に達していない。
あの欧州連合条約のように、冷静なロゴス、理性によって憲法を再構築しようとするまで、わたしたち自身がもう少し成熟するまで、憲法九条は凍結しておいたほうがいいと思う。

「朝日新聞」2013-07-30付け
宮内勝典 「改憲は、いまではない」

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