2021年12月22日水曜日

内部からくさる桃    茨木のり子(『対話』1955年11月)

 


内部からくさる桃    茨木のり子      


単調なくらしに耐えること

雨だれのように単調な・・・・・


恋人どうしのキスを

こころして成熟させること

一生を賭けても食べ飽きない

おいしい南の果物のように


禿鷹の闘争心を見えないものに挑むこと

つねにつねにしりもちをつきながら


ひとびとは

怒りの火薬をしめらせてはならない

まことに自己の名において立つ日のために


ひとびとは盗まなければならない

恒星と恒星の間に光る友情の秘伝を


ひとびとは探索しなければならない

山師のように 執拗に

〈埋没されてあるもの〉を

ひとりにだけふさわしく用意された

〈生の意味〉を


それらはたぶん

おそろしいものを含んでいるだろう

酩酊の銃を取るよりはるかに!


耐えきれず人は攫む

贋金をつかむように

むなしく流通するものを攫む


内部からいつもくさつてくる桃、平和


日々に失格し

日々に脱落する悪たれによって

世界は

壊滅の夢にさらされてやまない。


詩集『対話』(1955年11月)より

(初出;『詩学』1954年10月)


「・・・・・この詩には、詩人二十八歳の時の決意が籠められているようだ。詩の題「内部からくさる桃」は、詩人の詩作の初心を思わせる。くさった桃にはけしてなるまいという詩人のその初心は、生涯失われることはなかったと思われる。この詩は書かれて六〇年以上経った現在も新しい。」

(蘇芳のり子『蜜柑の家の詩人』)




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