冷えたビール 茨木のり子
冷えたビールは
むかしみんなの憧れだった
わずか二十年前
好きなときに好きなだけ取り出せて
うんと冷えたの ぐっとやれたら
さぞかしそれは天国だろう
気づいたら
いつのまにやら現実で
朝っぱらから飲むひともあり
春夏秋冬 どの家にも
冷えたビール何本かが眠り
路上でさえ難なくカタリと手に入る
だが
ああ 天国!
おお 甘露!
しみじみ呻く者はいず
さほど幸せにもなれなかった
不老長寿も憧れだった
いにしえより薬草をもとめ
仙人ともなり錬金術にうつつを抜かし
人智を結集 追い求めたものが
身をよじるように焦(こが)れたものが
今や現実 平均寿命八十歳になんなんとする
助けて!
手に入れた玉手箱の実態に愕然
みんなやれやれと深い溜息
互いに顔を見合わせて
こんな筈じゃなかったな
(詩集『寸志』1982年12月 書き下ろし)
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