2010年8月19日木曜日

明治6年(1873)6月 第一国立銀行創立 京都裁判所、小野組転籍受理 筑前竹槍一揆 副島全権、単独で清国皇帝謁見 名東県一揆 [一葉1歳]

明治6年(1873)6月  [一葉1歳]
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この月
・洋画塾「天絵楼」開設、高橋由一、弟子約70名(於 日本橋浜町)
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・検事職制章程、改定。検事の地位強化。
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・左院職制章程、改定。
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6月1日
・京都裁判所、小野組転籍「御難渋訴訟」受理決定。日本で最初の行政訴訟。
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6月1日
・英、探検家リビングストン(60)、没。
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6月4日
・四条隆平奈良県令、天皇の写真下賜を願い出て許可。
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6月5日
・タンザニア、ザンジバル島、奴隷貿易が全面禁止。
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6月6日
・ロシア、アレクサンドル2世、フランツ・ヨーゼフ2世とシェーンブルン軍事協定締結。
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6月8日
・木戸孝允、マルセイユより乗船
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6月9日
・大蔵事務総裁大隈重信、「明治六年歳入見込会計書」を官報「太政官日誌」に掲載。財政は黒字。毎年37万円を外債利払い。
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6月11日
第一国立銀行創立総会
3万株中、三井・小野組が各1万株、残り1万株公募。
頭取三井八郎右衛門(7千株)・小野善助(7千株)、副頭取三野村利左衛門(500株)・小野善右衛門(500株)。
渋沢栄一(400株)、取締役に推挙。一旦辞退して総監となる。
(「国立」とは「国家設立認可」のこと)
兌換紙幣を発行して、殖産興業の資金を集める。
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6月12日
・朝鮮問題が閣議にかかる。
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6月13日
・太政官「改定律例」布告。7月10日、施行。
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6月15日
・京都裁判所長北畠治房、被告欠席のまま、小野組転籍受理判決
府庁の履行拒否に対し、知事長谷信篤に8円、参事槙村正直に6円の贖罪金判決
16日、京都府庁、不承服の抗議書簡を京都裁判所へ送付。
23日、京都裁判所、上告か請書提出かの選択を京都府に通告。
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6月16日
筑前竹槍一揆
福岡県。徴兵令・学制反対。30万人参加。県庁・豪商打壊し。
民衆死者28。死刑4人・処罰6万4千人。
小野組鎮圧費用献納。
他、北条県・鳥取県・名東県でも一揆。
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21日
・福岡県の暴動農民、県庁に乱入。多数の死者。
スローガン:
「旧暦復帰(太陽暦では水田農民の生活のリズムが崩れる)」、
「士族は藩政に戻り、士族の本務を専行ありたきこと」、など。
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6月18日
・彭城中平、清国人申尚元を伴い、上海を出航し、帰国の途に就く。
6月中、彭城、長崎に滞在。
7月1日、彭城、長崎から米船で東京へ向かう。
7日、東京に到着。
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6月19日
・江藤新平、後藤象二郎、大木喬任ら、参議就任
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6月20日
・跪拝問題で交渉は暗礁に。
副島大使、謁見辞退し帰国通告。
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6月21日
・副島随員柳原前光(一等書記官)・外務少丞鄭永寧、総署を訪問し琉球民遭難事件に関する清側見解質問。
清国は朝鮮の「和戦権利」に関与せずとの言質も引出す。
文書化はしないが、台湾先住民は清国の管理が及ばぬ「化外」であるので責任負えないとの言葉も引出す(「「台湾生蕃は化外の民にして政教不及」」)。
29日、総署軟化。
副島全権大使、単独で清国皇帝謁見、国書奉呈。跪拝なし。立礼3回。外国使節間でも評判となる。
29日、各国公使、初めて同治帝に謁見。
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6月24日
・仏、弁理公使鮫島尚信、ボアソナアドと15条の御雇契約結ぶ。
9月28日、名村泰蔵と共にマルセイユ発。
11月15日横浜着。
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6月26日
名東県(香川県)の徴兵反対一揆
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□「明治初年農民騒擾記」(改行を施す)
「明治六年七月四日付 名東県権令他報告書 
豊田郡辺の土民、同二六日頃より、俄然暴動す。
右の原因は、
徴兵御規則血税の条を誤解して妄説を付会し、
或ひは学校を厭ひ又は肉食行はれしより、牛価騰貴、貧民困却等を唱ると雖も、
総て其の筋へ紙面の申立もこれ無く、
要する処、ひたすら暴威を逞しく、隣郡各区と飛語、同意致さざる者は撃破し毀焼き致すべき旨を以て、直ちに処在放火、村民これが為め畏怖。

響広する者一時四方に波及するの形勢より、予め戸長等説諭、官員亦派出しともに鎮撫尽力すと雖も、多数紛擾、暴行一一言語の入るべきに非ず。

・・・此の挙たる人数、凡そ壱万人余、然れども多く山に拠り離合常ならず。
放火の際に於ても、出没酢酢頗る速にして、全数を概計し屯所を認視する能はず。
故を以て一挙駆逐に至らずして放火数所、屯中丸亀・多度津両地は、貫属等勉励防禦を厳にせしより異常これなく、遂に高松支庁西南五里計の地に於て兵隊の為に退散、
続いて長駆進撃し、漸次区々鎮撫に向ひ候処、
同夜より暴徒転じて右支庁東南四里半計の山外に出で、其の数凡そ千有余人、又々数ケ所放火、右地方各区動揺、
兵隊迅速これに向ひ互に砲撃、二次暴徒遂に山中に四散し未だ其のゆく処を知らず。
現今探索中。
捕縛亦多数これあり」(「明治初年農民騒擾記」)。
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「★一葉インデックス」をご参照下さい
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