東京 北の丸公園 2012-11-29
*昭和17年(1942)
12月1日
十二月初一。くもりて暗し。終日蓐中に在り。メリメヱの西班牙記事をよむ。本年配給の炭立消えして火鉢の灰には埋むぺくもあらず、小さき七輪に入れておこすなり。
吹きおこす炭火わびしや膝の灰
今日もまだ火燵出かぬる腹いたみ
立消の粉炭うらむ日暮かな
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12月2日
十二月初二。冬日あたゝかなり。病大方痊ゑたり。正午土州橋に徃きて再び注射をなす。今日より食物平生に復す。夕飯後幼時の回想録冬の夜がたり起稿。暁四時に至って就眠す。
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12月3日
十二月初三。晴。終日執筆。昏暮金兵衛に至りで飯す。
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12月4日
・十二月初四。陰。短篇小説軍服起稿。夜オペラ館に徃く。歸途微雨。家に至るころ既に歇む。
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12月5日
十二月初五。晴。午後岩本医師を訪ひ歯の治療をなす。夜金兵衛に飯す。鄰席の酔客の語るを聞くに日本橋通高島屋デパートにて奢侈禁制品に入るべき繒葉模様金銀縫取の呉服物をつくりゐる由、刑事等探知し厳しく取調べしに、注文先は東條首相の妻女等なりとわかり刑事等その儘手を引込めたりと。
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12月6日
十二月初六 日曜日 快晴。小篇脱稿。枕上櫻痴居士作練絹新三郎を讀む。
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12月7日
十二月初七。快晴。晡時岩本歯科医院に至る。
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12月8日
十二月初八。晴。短篇軍服を中央公論社島中氏に郵送す。夜金兵衛に飯す。歸宅後枕上櫻痴放言をよむ。風烈しく庭樹騒然たり。頃日市中街燈を點ぜず。道路暗然たり。横濱港内怪火爆發の事ありしが故なりと云ふ。
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12月9日
十二月初九。晴。俄に寒くなれり。午後歯治療。
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12月10日
十二月十日。朝台所の水道栓に氷を見る。午後三菱及土州橋に至り昏暮金兵衛に飯す。相磯凌霜氏寺門静軒の書幅及津坂東陽の絶句類選評本を贈らる。款語夜半にかへる。
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12月11日
十二月十一日。快晴。町會及鄰組より市民税の五倍の金額に相當する国債を買ふべき趣町内各戸毎に觸れ廻れり。余が市民税は四拾圓餘なればこの年の暮に迫りて弐百圓あまり奪取らるゝことになるなり。
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12月12日
十二月十二日。晴。島中氏返書あり。小篇軍服は掲載中止となす。
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12月13日
・十二月十三日 日曜日 晴れて暖なり。昏暮寺嶋淺草漫歩。芝口の金兵衛に飰す。
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12月14日
十二月十四日。晴。風ありて寒し。
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12月15日
十二月十五日。晴。晩食後オペラ館楽屋に至る。傳法院前の夜店にて沼間先生之傳明治二十三年八月二一日毎日新聞附録を獲たり。"
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