2015年3月27日金曜日

特集ワイド:新安保法制、元防衛官僚が指摘 「戦死者必ず出る」 (毎日新聞) : 「この国は今、戦後初の現実に直面しようとしているのです。政権は戦死者を美化するでしょうが、危地に赴く隊員も、命令を下す指揮官も、安保法制の『非現実』的な想定を納得できるか。そもそも戦後70年の実績を放棄して、日本をそんな国にしてよいのか。根本の議論が欠けたままなんです」

特集ワイド:新安保法制、元防衛官僚が指摘 「戦死者必ず出る」
毎日新聞 2015年03月25日 東京夕刊

 戦後70年、一度も海外で武力を行使しなかった日本の姿ががらりと変わる。20日に自民、公明両党が合意した新たな安全保障法制(安保法制)の枠組みのことだ。集団的自衛権の行使はおろか、自衛隊の海外活動が一気に広がる。私たちはことの重大さをどれほど理解しているだろう。安保法制の「先」にある現実を識者とともに考えた。【吉井理記】

 ◇事実上の戦闘参加 荒唐無稽な「隊員の安全確保」

 「不戦の誓いを現実のものとするためには、私たちもまた先人たちにならい、決然と行動しなければなりません」。与党合意の2日後の22日、神奈川県横須賀市の防衛大学校の卒業式。安倍晋三首相は、自衛隊幹部となるであろう472人の卒業生を前に高らかにうたった。

 その「行動」の柱が、与党合意に基づく安保法制の改定である。わずか7回の与党協議で大枠が決まった。そのためか、首相の熱意に比べ国民の関心は高いとは言えない。

 何がどうなるのか。大まかに内容を整理しよう。

 主なポイントは七つ。(1)集団的自衛権を行使し、米軍防護や重要航路の機雷除去(2)日本防衛につながる活動をする他国軍の防衛(グレーゾーン事態)(3)恒久法を制定し、国連決議などに基づき国際紛争に対処する他国軍の後方支援(4)「日本周辺」という地理的制約を外し、重要事態の際は世界中で他国軍を支援(5)国連平和維持活動(PKO)での「駆け付け警護」やPKO以外の有志国活動での治安維持任務など(6)武器使用権限の拡大(7)人質になった邦人を自衛隊が武器を使って救出−−を可能にする、という。

 そのために自衛隊法やPKO協力法、周辺事態法などの改正を今国会で成し遂げたい安倍首相。冒頭の訓示はこう続く。「行動を起こせば批判にさらされます。過去においても、日本が戦争に巻き込まれるといった、ただ不安をあおろうとする無責任な言説が繰り返されてきました。しかしそうした批判が荒唐無稽(むけい)なものであったことは、この70年の歴史が証明しています」

 「いや違う。安保法制で語られていることこそが荒唐無稽なんです」。真っ向から反論するのは柳沢協二さんだ。旧防衛庁官房長で、2004〜09年には内閣官房副長官補として第1次政権時の安倍首相を支えた人だ。

 どういうことか。自公の合意文書には、すべての法制の大前提として「自衛隊員の安全確保のための必要な措置」が明記されている。ところが「法改正で、隊員に与えられる任務の危険性は格段に高くなる。間違いなく戦死者が出ますよ。矛盾も極まれりで、これが荒唐無稽でなくて何でしょうか」(柳沢さん)。

 より具体的な解説は、やはり安保法制のあり方に疑念を抱く軍事ジャーナリストの田岡俊次さんにお願いしよう。田岡さんは、自衛隊の海外活動の拡大で可能になる(5)の「治安維持」を例にとる。「それには、重要施設の警護や検問所を設置しての検査、街路巡視、家宅捜索などが含まれます。どれも戦闘に至る可能性が高い。狙撃されたり、検問所に攻撃や自爆テロが仕掛けられたりする。現に米軍はイラクで『勝利宣言』までに139人、その後の治安維持の過程で4352人の死者を出しているんです」

 陸自は04〜06年にイラクに派遣されたが、当時は復興支援に活動を限定し、要塞(ようさい)のような宿営地にほぼこもっていた。その状態ですら、武装勢力のロケット弾などが20発以上撃ち込まれ、危険な場面もあったのだ。

 柳沢さんも「『駆け付け警護』も事実上の戦闘参加を意味します。安全確保できると考える方がおかしい。これまでの海外派遣で自衛隊員に犠牲が出なかったのは、戦場から離れた『非戦闘地域』に活動を限り、住民に銃を向ける必要がない任務だったから。今度の安保法制の内容は次元が異なります。武器使用権限が拡大されますが、自衛隊の任務もそれだけ過酷なものに変容するのです」。

 (3)の「他国軍への後方支援」も問題だ。安倍首相は2月の衆院代表質問の答弁で、他国軍への補給物資の輸送中に戦闘が始まった場合「ただちに活動を中断する。反撃して支援を継続することはない」と断言した。

 田岡さんは「それは無理です」と一蹴する。輸送部隊がゲリラなどの攻撃を受けた際、トラックの車列がUターンしようとすれば逆に狙われやすい。応戦して突破するしかない場合もある。攻撃されて撤退すれば、前線の他国軍は物資切れで崩壊しかねない。

 ちなみに(2)の「グレーゾーン事態」で言えば過去、日本防衛にも役立つはずの北朝鮮情報の収集をしていた米国の艦艇や電子偵察機が北朝鮮に拿捕(だほ)・撃墜された事件が起きている。安保法制に従えば、こうした場合にも日本は米軍を防護しなければならない。

 田岡さんは「仮に戦死者が出たら……」という記者の問いをさえぎり「仮に、じゃない。必ずそうなります」と、いよいよ声を暗くした。

 ◇70年守った平和はどこへ

 与党協議を不信のまなざしで見つめていたのが民主党政権時代、09〜11年に防衛相を務めた北沢俊美参院議員だ。

 元防衛相とはいえ、与党協議の内容は資料も説明もないから報道で知るしかなかった。「自民党は『与党協議だから、オープンにする必要はない』と言う。外交・防衛問題に与党も野党もない、と言っていたのは彼らだよ。野党はおろか、国民不在でこんなことを決めていいのか」

 終戦時は7歳だったが、生まれ育った長野で戦争で肉親を失った家族の嘆き、苦労を見聞きした。「戦後70年、自衛隊は一人の戦死者も出さず他国の人も殺さなかった。この重み、今こそかみ締めなければ」と前置きして続けた。「でも安保法制に従えば犠牲者が出る。これが日本の現実になる。そのリスクを冒す意味は一体何なのか。国会で何度も問うんだが安倍首相はきちんと答えない。これじゃ改正法案の審議になってもまともな答弁は期待できない。結局、与党は『数の力』で押し切るつもりなのだろう」

 北沢さんと別れ、東京・九段の靖国神社を歩いた。自衛隊の殉職者は、防衛省内の慰霊碑にまつられている。隊員が戦死すれば、靖国にまつられるのか。旧軍資料を展示する「遊就館」の売店では、自衛隊のハイテク装備や戦車、航空ショーを紹介するDVDに若者が群がっていた。

 柳沢さんの苦い言葉を思い出す。「この国は今、戦後初の現実に直面しようとしているのです。政権は戦死者を美化するでしょうが、危地に赴く隊員も、命令を下す指揮官も、安保法制の『非現実』的な想定を納得できるか。そもそも戦後70年の実績を放棄して、日本をそんな国にしてよいのか。根本の議論が欠けたままなんです」

 冒頭の首相訓示に、こんな一節がある。「昨日までの平和は、明日からの平和を保障するものではない」。安保法制の「先」を考えれば、実にもっとも、である。

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