ゴヤ『女中頭を驚かすアルバ公爵夫人』1795
*ゴヤをめぐってのあらゆる小説のテーマは、要するにどれもこれもこの二人(アルバ公爵夫人とゴヤ)の関係に集中している
「・・・このアルバ公爵夫人とゴヤ、である。ゴヤをめぐってのあらゆる小説のテーマは、要するにどれもこれもこの二人の関係に集中していると言っていい。そうしてそのどれもこれもが、無理なからぬ点もあるのであるが、後世ゴヤの代表作ということにされてしまった、当時としてのスキャンダラスな作品、『裸のマハ』、『着衣のマハ』のモデルがこの公爵夫人であるということにし、そこに、異端審問所などは足の指先で蹴飛ばしてしまう、裸になることも敢えて辞さぬ勇敢なる自由思想家としてのこの公爵夫人を見出す。あるいはまた、自らの肉体の美を永遠に伝えようとする、新しきスペインのヴィーナスとしての誇りを見ようとする。またあるものは、ゴヤが自分の艶福をこれ見よがしに描く、そういう好色家としてのゴヤを見出す。」
ゴヤは、アルバ公爵夫人によって人間世界への確かな認識に到達した
「・・・ゴヤは、このアルバ公爵夫人によって、男と女というものが存在する、しかもこの二種類しか存在せず、そうしてこの二種類によって天国的崇高から堕地獄の悪にいたるまでの、全振幅をもった人間世界が構成されるものであったことについての、あるたしかな認識に達したものであったということは、それは言えることであろう。・・・」
彼女の、自由な言動、特に批評は、ゴヤにとって尽きぬ興味の源泉でありえたであろう
「彼女の、自由な言動、特に批評は、ゴヤにとって尽きぬ興味の源泉でありえたであろう。ゴヤ自身もまた、宮廷画家としての地位を確保して、それまでの大勢順応、出世主義から脱し、歯に衣を着せぬ批評をはじめても何の差支えもない時期に来ていた。それに、聾者である。聾者であることに被害者的意識などを持ち続けて、引っ込み思案になどなったのでは宮廷画家として社交界を泳ぐことは出来ない。それを積極的に、武器として生かさねばならぬ。そうでなければ、優勝劣敗のこの世界に生きては行かれない。傲然たる聾者というものは許されるか。
それは許される。」
1795年、ゴヤは二枚のアルバ公爵像とアルバ公爵夫人像を描き、アルバ家と家族的な交際が始まる
「ゴヤは一七九五年に、公爵の肖像二枚を描いている。一枚は前述の音楽家としてのもの、もう一枚は公爵としての肩綬をつけ勲章をつけた正式のものである。後者は、言うまでもなく、少しは威を帯びたものでなければならぬのであるが、この公爵の弱々しさは、如何にしても消しがたい。早死にをする人に内側から宿っている死の影といったものが表に出ている。」
「そうして同じ年に前述の公爵夫人像を描き、ここで急速に、のめり込むようにしてゴヤはこの公爵家内に入って深い、家族的な交際が始まる。
それはもうモデル対画家という関係ではなかった。」
ゴヤ『女中頭を驚かすアルバ公爵夫人』と『黒人少女マリア・デ・ラ・ルスと小姓ルイス・デ・ベルガンサを従えた女中頭』1795
「・・・この二枚の絵に見られるものは、夫人が家庭内にあっても、実にのびのびと、また家内の人々、従者やその子供たちにも自由に、思うがままに自らも振舞い、かつ振舞わせていたことを物語っている。並みの貴族の家では、夫人が、自分の生れる以前からいる、権威ある老女中頭をおどろかせたり、つっかかって行ったりということはありえないであろうし、またその女中頭のスカートを家内の子供たちがひっぱりつけたりという悪戯は許されないであろう。
ここに、ルソーの「子どもの状態を尊重するがいい。そして、よいことであれ、悪いことであれ、早急に判断を下してはならない。長いあいだ自然のなすがままにしておくがいい。・・・しあわせに暮らしているのがなんの意味もないことだろうか」という教えが、そっくりそのまま絵になっている。」
公爵及び公爵夫人にとっても、マドリード第一の貴顕としての生活の頂点であったであろう
「・・・同じ頃に描かれたものに、『飾りつけのための下絵』というものがある。野外に円柱の廻廊をもつ半円型のドームが立っていて、その前面に舞台があり、左右にマドリードの貴顕紳士とおぼしい群衆の見える図である。おそらく野外劇をもその余興の一つとして含む、大きなお祭りとで言うより他ない大パーティーを、アルバ家として催したものであったろう。ゴヤの下絵に見られるドームは、ヴェルサイユ宮殿の庭園にあるタンプル・ダムール(変の神殿)にそっくりのものである。
この大パーティーは、おそらく彼らの新築宮殿の披露を目的としたものであったろうと推察されるのであるが、それは王妃の機嫌をそこねること甚しいものでもあったであろう。そうしてこのパーティー ー 夕方からはじめて明る朝まで ー が、公爵及び公爵夫人にとっても、マドリード第一の貴顕としての生活の頂点であったであろう。」
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