2015年6月20日土曜日

香水 ――グッド・ラック  (吉野弘 詩集『感傷旅行』より) : その戦場に帰ろうとする君の背に グッド・ラック 祝福を与えようとして手に取り ――落として砕いてしまった 小さな高貴な香水瓶 の叫びのようだった言葉 グッド・ラック なんて、ひどい生の破片、死の匂い    

皇居 2015-06-16 ハンゲショウ
*
香水
    ――グッド・ラック   吉野弘


   五日間の休暇を終え
   日本のテレビの画面から
   ベトナムに帰るという
   兵士に

   グッド・ラック
   司会者は
   そう、餞けした

   年は二十歳
   恋人はまだいません
   けわしい眉に微笑が走る
   米国軍人・クラーク一等兵

   司会者が聞いた
   戦場に帰りたくない気持が
   少しはありますか

   君が答えた
   ありますが、コントロールしています 

   戦う心の拠りどころは
   何ですか

   ――やはり、祖国の自由を守る
   ということではないでしょうか
   小柄で、眼が鋭い

   細い線を曳いて迎えにくる一条の死
   機敏に、避けよ、と
   戦場は
   君のわずかな贅肉をさらに殺(そ)ぎ
   余分な脂肪と懐疑を抜きとり
   筋肉を細く強く、しなやかにした

   これだ
   戦場の鍛えかたは

   その戦場に帰ろうとする君の背に
   グッド・ラック

   祝福を与えようとして手に取り
   ――落として砕いてしまった
   小さな高貴な香水瓶
   の叫びのようだった言葉

   グッド・ラック

   なんて、ひどい生の破片、死の匂い

   たちこめる強烈な匂いの中に
   溶け入るよう
   蒼白な画面に
   君は
   消えた


          詩集『感傷旅行』(1971年)より


戦場に戻る兵士に「グッド・ラック」と。

例えば、
「生還する」、「生還しない」という条件、と
「敵を殺す」、「敵を殺さない」という条件、で
四つのマトリックスを描いてみる。

もっともラッキーなケースは、「敵を殺さないで生還する」。
反対に、
もっともアンラッキーなケースでは、「敵を殺し、おまけに生還できず」。

しかし待て待て、
最近、焦点があてられているように、
無事「帰還」してからの「戦死」だってあるんだ。

ラッキーな兵士などいないのだ。

「なんて、ひどい生の破片、死の匂い」




関連記事

『帰還兵はなぜ自殺するのか』デイヴィッド・フィンケル著 : 戦闘ストレスの悲劇 鮮烈に

帰国後10年間で54名が自殺した件について「派遣と自殺が因果関係があったのかは難しい問題だと思います」と佐藤正久。シリヤとイラクに隊長として部下を率いて行ったのだから佐藤正久には54名の自殺の原因を究明する責任があるんじゃないの。

クローズアップ現代「イラク派遣10年の真実」派遣後の自殺者が28人だという。これまで注目されてこなかった現実ではなかろうか。しかも日本政府は集団的自衛権を行使できる範囲を広げ、国を根幹から変えようとしている。 / 0:10、深夜にも再放送がある

衆院特別委員会 : 政府側が「イラク派遣の経歴がある陸上自衛官が21名、航空自衛官が8名で計29名。テロ特措法で派遣された海上自衛官が25名、で合計54名が帰国後の自殺によって亡くなられております」と答弁 / 2014年3月末時点の自殺者は40人。この1年で新たに14人が自殺したのか…

自衛隊イラク派遣部隊の指揮官だった佐藤正久議員は、帰還後に自殺した28人もの隊員について「イラク派遣が原因とは思わない」「イラクに派遣された隊員は優秀な人が多かった」「優秀なので帰還後は忙しい部署に就いた」それで仕事の悩みで自殺したのだろうと、他人事のような表情で語っている。 — 山崎 雅弘


0 件のコメント: