2026年3月17日火曜日

大杉栄とその時代年表(781) 1908(明治41)年5月18日~30日 5月24日 正宗白鳥・岩野泡鳴、独歩を見舞う。田山花袋・前田木城・吉江狐雁・小栗風葉が先客。「暗闘」あり。国木田独歩(35)、正宗白鳥、中村星湖、小栗風葉、相馬御風、前田木城、田山花袋、小杉未醒、岩野泡鳴、真山青果、吉江孤雁の10人と共に記念写真をとる。この日、花袋・白鳥ら国府津館に泊まる。

 

独歩を南湖荘に見舞う

大杉栄とその時代年表(780) 1908(明治41)年5月9日~17日 「五月中旬、鏡との間、険悪になる。五月中旬から六月下旬までの「断片」(小宮豊隆校訂)には、殺人や自殺を扱ったものが多い。 これは、次のように分類される。恐らくは同じ日に書き込まれたものである。(推定)」 より続く

1908(明治41)年

5月18日

電車賃値上反対騒擾事件の宮城控訴院での控訴審に出廷するため、午後8時55分、大杉栄、西川光二郎、岡千代彦、竹内余所次郎、樋口伝、斎藤兼治郎、半田一郎、吉川守圀、松永敏太郎、鈴木高次ら、上野発の夜行列車で仙台に向かう。

19日午前6時仙台着、南町の境屋に投宿。10時、宮城控訴院で開かれた電車賃値上反対騒擾事件の公判に出廷。午後4時閉廷。傍聴人約200名。

21日、宮城控訴院で第二回公判。午後4時閉廷。

22日、仙台を発ち東京に向かう。

5月19日

原内相・松田蔵相の相談の中で、前の桂内閣系の人物が経済界の不況を利用して、西園寺内閣倒閣を企てていることが話題になる(「原敬日記」この日条)。

5月19日

石川三四郎出獄。福田英子宅に同居。「世界婦人」発行を援助。獄中での翻訳・著作を誌上に発表。

5月19日

清国及韓国における発明、意匠、商業及び著作権の相互保護に関する日米両国間条約、ワシントンにて各調印。8月13日、公布。

5月20日

坂本清馬「入社の辞」(「熊本評論」)。

この月「日本平民新聞」廃刊となり、硬派新聞は「熊本評論」(明治40年6月20日松尾卯一太・新見卯一郎らが創刊)。

5月20日

蘭領東インドのジャワで知識人民族主義者運動のブディ・ウトモ(純潔なる努力)設立。

5月21日

(漱石)

「五月二十一日(木)、小宮豊隆来る。」(荒正人、前掲書)


5月23日

紡連、清国以外への綿布輸出などに奨励金公布。

5月23日

江見水蔭(38)、川上眉山(39)、石橋思案(40)、巌谷小波(37)、広津柳浪(46)ら藤沢鵠沼の東屋で硯友会を催す(硯友社旅行会)。

翌日、水蔭と眉山は片瀬の旧居沙地浪宅跡を訪れ、帰京の途次神奈川で別れる。これが水蔭にとって眉山との永遠の別れ(江見水蔭『自己中心明治文壇史』)。

眉山はこの旅行の直後の6月15日に自殺する。

5月23日

南満州鉄道(株)社債2,000万円、ロンドン市場で成立。

5月24日

正宗白鳥・岩野泡鳴、独歩を見舞う。田山花袋・前田木城・吉江狐雁・小栗風葉が先客。「暗闘」あり。国木田独歩(35)、正宗白鳥、中村星湖、小栗風葉、相馬御風、前田木城、田山花袋、小杉未醒、岩野泡鳴、真山青果、吉江孤雁の10人と共に記念写真をとる。この日、花袋・白鳥ら国府津館に泊まる。

5月25日

新潟県南蒲原郡三条町の染物屋徒弟職工800人、太物業者と衝突し、同盟罷業。

5月25日

文部省に、臨時仮名遣調査委員会設置。委員長菊池大麓・主事渡部董之介。

12月14日、廃止。

5月25日

(漱石)

「五月二十五日(月)、小宮豊隆来る。」(荒正人、前掲書)

5月25日

米議会、義和団事件賠償額削減(2,400万→1,400万ドル)と中国人学生の米留学援助承認。これを基金に1911年清華大学創設。卒業生1,100人を米に留学させる(1911年~1927年)。

5月25日

日本とコロンビアが国交樹立

5月26日

森近運平、19日に「日本平民新聞」第23号事件で罰金60円判決受け、活動不能になり、大阪平民社を解散、休養・相談を兼ねて、この日、中村に幸徳秋水訪問。2週間滞在。

29日午後7時、小姓町幡多郡公会堂で社会主義講演会。森近の演説が終った時点で弁士中止・集会解散命令。幸徳自宅前で幸徳演説。

6月1日、第2回演説会。聴講400余。警察の中止なし。

8日、森近、出発。

5月26日

オーストラリア事業家ウィリアム・ダーシー、イラン南部で石油発見。

5月28日

荷風、この日、パリからイギリスへ渡り、5月30日ロンドンを出航、帰国の途につく。日本着は7月15日。

外遊中の荷風はリヒャルト・ワーグナー作『トリスタンとイゾルデ』を皮切りにオペラや演奏会に足繁く通い、それが『西洋音楽最近の傾向』『欧州歌劇の現状』などに実った。ヨーロッパのクラシック音楽の現状、知識やリヒャルト・シュトラウス、ドビュッシーなど近代音楽家を紹介した端緒といわれ、日本の音楽史に功績を残している。(Wikipedia)


「明治以来、我国の文人で海外を旅行したものは数へ切れぬほどである。しかし、芸術家としての生涯の決定的な時期に外国にゐた作家は恐らく永井氏一人なのではなからうか。」(中村光夫)


5月28日

(漱石)

「五月二十八日(木)、雨。木曜会。高浜虚子来ない。小宮豊隆来て泊る。

五月二十九日(金)、夕方、小宮豊隆来る。

五月三十日(土)、小宮豊隆来る。

(五月三十一日(日)、大塚楠緒の『空薫(そらだき)』第三十五回で「前篇」中断する。)」(荒正人、前掲書)


5月28日

コロンビア地区幼年労働規制法制定。

5月29日

漁船三重丸、ベーリング島南方海上でロシア警備艇に拿捕されウラジオストク港へ護送。

7月24日、三重丸の船員、ロシア兵と争い軍事裁判で6人死刑宣告。

8月1日、駐露代理大使落合謙太郎抗議。

10月14日、特赦放免。1911年6月23日、損害賠償問題解決。

5月30日

清国における銃器弾薬輸入修正規則公布。7月1日実施。

5月30日

満鉄全線広軌鉄道開通する

5月30日

米、オールドリッチ・リーランド法制定(兌換銀行券の発行方法改正)。


つづく

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