2015年1月11日日曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(114) 「第17章 因果応報-資本主義が引き起こしたイラクの惨状-」(その3) : 「現在のイラクの惨状は、ブッシュ政権の無能さや縁故主義のせいでもなければ、イラク国民の宗派抗争や部族主義に起因するものでもない。これは資本主義が引き起こした惨事であり、戦争によって解き放たれた際限のない強欲の生み出した悪夢にほかならない。」

雪の京都二条城 2015-01-02
*
復興事業の孫請のそのまた下請仕事にすらありつけないイラク国営企業
 これらの外国企業がイラクにどっと群がるなか、二〇〇社に上るイラク国営企業は慢性的な停電のために稼動停止を余儀なくされていた。かつては中東地域でも一、二を争う工業国だったイラクだが、今や最大手の企業でさえ自国の復興事業の孫請のそのまた下請仕事にすらありつけない状況だった。

 モハマド・トフィク産業大臣・・・は発電機を供給するよう何度も暫定当局に要求(した)・・・にもかかわらず、これらの工場には契約も、発電機も、援助も、何ひとつ与えられなかった。米企業は労働力と同様、セメントも海外から ー 地元で調達するより一〇倍も高い価格で - 輸入するほうを好んだのだ。
また、プレマーの発令した経済法のひとつは、イラク中央銀行が国営企業に融資することを明確に禁止していた(この事実が報じられたのは何年も経ってからだった)。
復興事業からイラクの国営産業を締め出したのは実際的な理由からではなく、イデオロギー的なものだったとトフィクは言う。彼によれば、政策決定を下す者は「誰一人、公的部門の価値を認めていなかった」。

次々と倒産に追い込まれるイラクの民間企業
 貿易の自由化により流れ込む輸入品に対抗できず、次々と倒産に追い込まれるイラクの民間企業・・・。(プレマーの)側近の一人マイケル・フライシャーはイラクの実業家が集まった席で、外国との競争で立ち行かなくなる企業も多いだろうが、それこそが自由市場経済の素晴らしさだと言い放った。

何ひとつうまく行かないブッシュの復興事業
 外国企業を主体とする復興計画をイラク国民が「贈り物」と受けとめるはずはなく、大半の人々はそれを現代版の略奪だとみなした。・・・

 暫定当局のたび重なる判断ミスはイラク国民の抗議をエスカレートさせ、それを外国人部隊が鎮圧するということのくり返しで、ついにはイラク全土が暴力吹き荒れる地獄と化した。

 もっとも信頼できる統計によれば、二〇〇六年七月の時点でイラク戦争による死者 - イラク侵攻と占領がなければ死なずにすんだ人々 - の数は六五万五〇〇〇人に上った。

悪いのはイラク人だという結論
 二〇〇六年一一月、元米陸軍将校ラルフ・ピーターズは『USAトゥデー』紙にこう書いている。

 「われわれはイラク人に法治・民主主義国家を築くまたとないチャンスを与えた」にもかかわらず、イラク人は「旧来の憎悪や殉教も辞さない暴力、偏狭な民族主義、そして腐敗文化を手放そうとしなかった。どうやらアラブ社会にはわれわれが考えるような民主主義は根づかない、という冷笑的な見方のほうが正しかったようだ。・・・バグダッドの血塗られた惨状は、イラク政府が無能であることの証であるだけではなく、アラブ世界全体が人類の組織的な取り組みという領域ではなんら進歩できないことの証でもある。われわれは今、ひとつの文明が崩壊するさまを目の当たりにしているのだ。

宗派間の対立は占領統治によって激化した
 だが、宗派間の分裂やイスラム過激派の台頭を、イラク侵攻と占領統治から切り離して語ることはできない。

・・・侵攻から一一カ月後の二〇〇四年二月にオックスフォード・リサーチ・インターナショナルが行なった世論調査の結果だ。このとき過半数のイラク国民は世俗政権を望み、「イスラム国家」が望ましいと回答した者は二一%、政治を動かすのは「宗教的政治家」が好ましいと答えた者は一四%にとどまった。

 ところがそれから半年後、占領統治が一段と暴力化してきた時点での他の調査では、国民の七〇%までがイスラム法を基本とした国家を望むと答えた。

 また宗派間の暴力的抗争については、占領一年目にはほとんど存在せず、シーア派のモスクが同派の宗教行事であるアシェラ祭の最中に爆撃されるという最初の大事件が起きたのは、占領開始からちょうど一年後の二〇〇四年三月のことだった。
 
 フセイン政権の転覆後、イラクが何より必要としていたのは国家の修復と国民の再結束であり、それはイラク人自身によってしか成し遂げられないことだった。ところがまさにその不安定な時期に、イラクは冷酷無情な資本主義の実験場へと変えられてしまったのだ。そのシステムこそがイラク国民や地域社会同士を敵対させ、何百万という人々から職や生活手段を奪い、外国人占領者の横暴な振る舞いを許して正義追求の道を封じ込めたのである。

侵略行為の中核をなすコーポラティズム改革の目論見とイラク「内戦」との関係
 現在のイラクの惨状は、ブッシュ政権の無能さや縁故主義のせいでもなければ、イラク国民の宗派抗争や部族主義に起因するものでもない。これは資本主義が引き起こした惨事であり、戦争によって解き放たれた際限のない強欲の生み出した悪夢にほかならない。イラクでの「大失敗」は、歯止めのないシカゴ学派のイデオロギーを入念かつ忠実に適用しようとしたことによって起きたのだ。

 以下に述べるのは、侵略行為の中核をなすコーポラティズム改革の目論見とイラク「内戦」との関係について、当時得られた情報(包括的なものではない)に基づく詳細である。それは、イデオロギー攻勢をかけた当の本人たちが、その手痛いしっぺ返しを受けるプロセスだった。

国家公務員50万人解雇
 ・・・プレマーの最初の大仕事・・・およそ五〇万人の国家公務員の解雇(ほとんどは兵士だったが、医師や看護師、教師、技術者も含まれていた)が引き起こしたものだった。「バース党解体」と呼ばれたこの措置は、表向きには政府からフセイン支持者を一掃するためのものだと説明された。

 この追放作戦は、かつてチリでミルトン・フリードマンがピノチェトに政府支出の二五%削減を提言して以来、ショック療法プログラムが必ず伴ってきた公共部門削減策と同類のものである。

 プレマーは、イラクの国営企業や大規模な政府省庁を「スターリン主義経済」と呼んで嫌悪をあらわにし、イラクの技術者や医師、電気技師、道路建設者らが長年培ってきた専門知識や技能を評価しようともしなかった。

 プレマー自身、大量の失業者が出れば国民の間に動揺が広がることは予想しながらも、回顧録で明らかにしているように、専門職の一斉解雇によってイラク国家が機能不全に陥り、ひいては自分の仕事に困難をきたすとまでは考えていなかったという。この無分別な大量解雇の背景にあったのはフセイン色一掃などではなく、ひたすら自由市場経済を推進しようとする熱気だった。政府を厄介な重荷とみなし、公共部門の労働者を役立たずだと思い込んでいる人間にしかできないことを、プレマーは実行したのである。

この政策がもたらしたもの
 このイデオロギーに駆り立てられた無分別な政策は、三つの結果をもたらした。
第一に専門技術者を解雇したことで国家再建の可能性が損なわれ、
第二に世俗派イラク人の発言権が弱まり、
第三に抵抗運動が人々の怒りで燃え上がったのだ。

 解雇された四〇万人のイラク人兵士のうち少なからぬ人々が、当時生まれつつあった抵抗勢力に加わった事実は、米軍や情報機関の高官の多くが認識していた。

 トーマス・ハムズ海兵隊大佐はこう語る。
 「解雇された兵士が武器をそのまま持っているのだから、今や武装したイラク人が数十万人いることになる。武器の扱いを知っていて、将来になんの展望もなく、われわれに対して怒る理由を持った連中だ」

 プレマーがシカゴ学派の教科書どおり貿易を自由化して無制限の輸入を許可する一方で、外国企業がイラクの資産を一〇〇%保有することを認めたことが、イラクの実業家たちの激昂を招いた。・・・

 調査ジャーナリスト、パトリック・グラハムは『ハーバーズ』誌にこう書く。
 「(イラクの実業家たちは)外国企業がイラクの工場を二束三文で買い上げることを可能にする新しい外国人投資法に激怒している。外国からの輸入品が大量に入ってきたために、彼らの収入は激減した。(中略)立ち向かえる手段はもはや武力しかないと彼らは考えるに至った。これは至極単純なビジネスの論理である。イラク国内の問題が増大すれば増大するほど、外国人がイラクに関与するのはむずかしくなるからだ」

ブレマーの経済法の恒久化のための新憲法制定案
 米政府は、プレマーの定めた経済法を将来イラク政府が改正できないようにする決定を下したが(危機の直後に行なった改革を「恒久化」するという、IMFが「構造調整プログラムを最初に導入して以来採用してきたやり方と狙いは同じである)、これがさらなる不都合な結果をもたらした。・・・プレマーの発令した法令の大半は法的にグレーゾーンに属するものだったため、プッシュ政権はイラクに新憲法を制定するという解決策を考え出した。

 (しかし)、一九七〇年に定められたイラク憲法(フセインは完全に無視していたが)は十分使えるものだったし、現状では憲法改止などよりはるかに緊急を要する問題が山積みだった。

 それ以上に重要なのは、憲法の草案を作成するのは、たとえ平和時であっても大きな困難と痛みを伴うものであり、その過程ではありとあらゆる緊張や対立や反感や潜在的不満が表面化するという点だ。・・・改正をめぐって社会に生じた分裂に修復の道はなく、対立が国中に燃え広がる恐れすらあるのだ。
*
*

0 件のコメント: