2015年1月28日水曜日

昭和18年(1943)7月23日~31日 ハンブルク空襲により壊滅 ムッソリーニ失脚・逮捕 キスカ島撤収作戦・5,639名無事撤退 「毎朝のラジオを聞いて常に思う。世界の大国において、かくの如く貧弱にして無学なる指導者を有した国が類例ありや。国際政治の重要なる時代にあって国際政治を知らず。全く世界の情勢を知らざる者によって導かるる危険さ」(清沢『暗黒日記』)

江戸城(皇居)梅林坂のウメ 2015-01-28
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昭和18年(1943)
7月23日
・日本軍、中国で福建、江西のアメリカ軍大規模航空基地に中期航空作戦を開始
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7月23日
・ホーリネス事件地裁判決、治安維持法違反で有罪
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7月23日
・フェロアロイ等統制規則公布
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7月24日
・「昨日、今日はようやく晴る。晴れれば軽井沢は天下一也。物置出来。出来栄え非常によろし。いろいろなものを買入れて置いたことが、今、都合よき所以。大きな見透しにおいて謬らなか(ママ)ったことが、日本に不幸なところだった。
毎日ゴルフにも行かず、家の周囲にいる。掃除も自分でやる。
午后ゴルフに行く。うまくいかず。ボールのみ失う。場内で土を耕している。ここに来て耕作せざるべからざるか。何人も、何人も監督してやっている。これが生産のためか - 元より然らず。」(清沢『暗黒日記』)
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7月24日
・イタリア、ファシズム大評議会開催、ムッソリーニの統帥権の国王への返還決議。賛成19、反対7、棄権2。
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7月24日
・ノルウェーの最新大規模化学プラント、アメリカ第8空軍による昼間空襲で壊滅
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7月24日
・~8月2日、イギリス『ゴモラ』作戦(ハンブルグ爆撃作戦)レーダー波撹乱箔(「ウインドウ」)を用いた夜間爆撃機。無差別絨毯爆撃。市街の70%が破壊。3万人死傷者。
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7月25日
・フィリピン初代大統領候補ラウレル氏指名
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7月25日
・「日本人が、進んで災害を避ける積極政策を有し得ざる例は函館の火事によって知らる。函館は何回となく大火を繰返す。しかもこれをプレヴェントする具体策を考究せざるなり(最後の大火 昭和九年三・二一、全焼二万三千六百)。現在の教育による日本人は、断じて時局に関しこれを反省せざるべし。
日本人の美徳はあきらめにあり。しかし積極的建設はとうてい不可能である。馬鹿な国民にあらざるも、偉大な国民にあらず。
ドイツ人が同じ事を繰返す如く、日本人も必ず今後同じことを繰返さん。
昭和九年に日本をニッポンと決定し、大体一定化す。横書き、度量衡等は依然強い反対あり。
田村幸策君の話し -
『東日』(毎日新聞)の大東亜調査会にて、学者たちが「戦争責任」に関する研究を進めていた。秋田中佐というが来て「そんなことは分っているではないか。チャーチルとルーズヴェルトにあるのは無論だ。今さら戦争責任は可笑しい」と。学者先生ピチャンコとなり、同部門なくなる。
信州に不在地主の一掃運動起る。余も不在地主の一人なれど、これは当然であろう。ただしここにも革命的気運を見る。」(清沢『暗黒日記』)
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7月25日
・イタリア、ムッソリーニ失脚、逮捕。
国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世、参内のムッソリーニ(60)を解任・逮捕・監禁。
26日、バドリオ元帥、後継首相就任。
28日、ファシスト党、解散。
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7月25日
・ハンブルク、アメリカ軍による昼間空襲を受ける
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7月27日
・「ムソリーニついに辞す。イタリー脱落。二六会のようなところでも、皆遠慮して時局の談話には触れず。ただ困ったというようなことを繰返すのみなり。
中野正剛、秋田清、白鳥〔敏夫〕等が、一緒になっているとの事、これに永井柳太郎などが参加していると噂さる。
一部において東条の政策が、妥協的で駄目だというので、かなりな反対ある由。それらが東条打倒運動になる可能性あり。これは想像しうることである。
ただ陸軍をつかんでいることが、かれの立場を強くしているのだが、東条は国内的にも、対外的にも、妥協政策であるから、不満あらん。」(清沢『暗黒日記』)
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7月27日
・ソ連軍、キエフ正面でドニエプル河を渡河
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7月27日
・さらに2回の空襲でハンブルク壊滅(7月27日、29日)
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7月28日
・朝鮮人海軍特別志願兵令公布
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7月28日
・ルーズベルト、イタリアに対し降伏条件を放送
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7月29日
・キスカ島撤収作戦。第1水雷戦隊、キスカ島守備隊収容に成功、5,639名無事撤退。

5月29日アッツ島守備隊玉砕後、キスカ島保持は困難と判断した連合艦隊司令長官古賀峯一大将は、第5艦隊河瀬四郎中将にキスカ守備隊撤収を命じる。
5月27日~6月23日、潜水艦による収容を行うが米軍の攻撃により被害続出し中止、河瀬中将は、第1水雷戦隊木村昌福少将に駆逐艦部隊による撤収を命じる。
7月16日決行を予定するが荒天により突入を断念、帰港。
29日午前7時、再度の撤収作戦を決行。霧の為に視界がきかない中、陸上からの電波を頼りにキスカに入泊。守備隊5千余を1時間足らずで収容、無事帰還。
8月15日、米軍は1ヶ月間砲爆撃を繰り返し、大部隊3万5千を上陸させる。

撤収輸送には、木村昌福司令官第1水雷戦隊(軽巡2、駆逐艦11、特設巡洋艦)が当り、第5艦隊長官直率の主隊(重巡2、駆逐艦2)がその掩護に、潜水部隊は情報に任じる。
22日夜、水雷部隊と主隊は相次いで出港、キスカ南西約500浬の待機点に進出、29日朝に、好天および敵情を捉え、午前7時、水雷部隊は主隊と分能、計画より4時間早い13時40分キス力湾に入泊、約50分間に在島陸海軍部隊5200名全員を収容、米軍に発見されず無事幌筵に帰着。
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7月29日
・木下恵介監督第1回作品「花咲く港」が封切り
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7月30日
・北支軍、太行作戦開始
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7月30日
・女子学徒動員決定
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7月30日
・「水野広徳氏から手紙あり。「もう腸炎」切開后の経過に曰く、
「老骨に加うるに営養物絶無の折柄にて体力の回復遅々として捗らぬには自烈(じれつ)たくてなりません。産めや殖やせよの赤ん坊第一時代の事とて、我々老骨は一合の牛乳を得るにも医者、隣組、町会、区役所の証明を得て漸く三日に一度か、五日に一度の配給さえも、三度に一度は腐敗して居るという有様にて、全く以て生ける印のある世の中に候。
時局の前途もいよいよ以て益々暗澹、鳴呼。日本は何処に行く? 開戦当時の・・・国家の異端者か、非国民かの如く感情的に白眼視したる高等学生に対する軍当局の媚態こそ、腕力に対する智性の勝利であり科学に対する大和魂の降伏であります。人類は暗黙の間にも一歩一歩前進しつつあることを感ぜられます。
目先のきくムソリーこの逃げ出しこそ桐一葉の感なくんばあらずではありませんか、鼎足今や一を欠く。三国同盟危いかな。
老生等は最早いくばくもなく、このまま朽ち果てるこそ、国のためでありますが、貴兄らはなお春秋に富まれる身とて更生日本のため御奮励あらんことを。」
以上が水野大佐の手紙だ。同級の小林躋造、野村吉三郎等は世に時めくのに、それ以上の英才を以て気の毒である。
軽井沢のこの別荘に巡査が来て防空準備をしろと注意したそうだ。この山の中の一軒家に防空用意を強うるところに、巡査の画一的 - したがってまた常識の欠乏を知ることができる。
速達を出すのに、第四種は取扱わぬことになった。それはいいとして、『東洋経済』に原稿を出すのに、誤って封切りにした。豊やが、それを郵便局に持ってゆくと、封切りではいかぬとて書直しを求められた。これも形式主義の一つ。
沓掛で荷物を出すのに、沓掛からは、宅送りは駄目である。東京駅に送って、またそこで手続をし直さなくてはならぬ。これらも事務的な形式主義。」(清沢『暗黒日記』)
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7月30日
・「七月三十日。昨日午後上野うさぎ屋主人炭二俵を送り呉れたり。店の若い者炎暑の日盛をおそれずギアカーにて運び来りしなり。台所の縁下にかくす。日米開戦以後世間を憚り人目をしのぶ事の多くなれるも是非なし。谷崎氏其近著『初昔きのふけふ』合冊一巻を贈らる。夜久振りにて玉の井を歩す。広小路の両側に屋台店出で夜遊びの人出賑なること銀座に優れり。凉風水の如し。」(永井荷風『断腸亭日乗』)
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7月31日
・中華民国に於ける日本国民に対する課税の日華条約調印
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7月31日
・大本営政府連絡会議、英領マレー北部4州、ビルマ領シャン地方2州、タイ国移譲決定
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7月31日
・昭和塾浅石晴代(中央公論)、検挙。翌昭和19年11月14日獄死。
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7月31日
・「昨夜、嶋中君来た由、お土産のお菓子をもらう。
今朝も天気よし。高原の気、四方に満つ。周辺に鶯とカッコウ啼く。蝉の声も聞ゆ。この生活がいつまでできるものか。
イタリーで新聞が自由主義的になったとベルリン当局者が批評した。ファッシスト、独裁主義が行きつまれば自由主義は必然だ。現にポルトガルにも革命に近いことが行われたという。
しかし、この時局を収拾するのには譲歩を必要とし、譲歩は必然に不人気になる。自由主義は、そう簡単に勢力化するものとは思わず。また日本においては、ファッシストを倒したものが自由主義者であるというニュズ(ママ)を見て、自由主義圧迫の力が働く可能性ありと思われる。行きつまらせたものがファッシストであるという事実を忘れて、自由主義は反抗を受くる可能性あり。ここ当分、自由主義と共産主義との政権戦になろう。
日本ならばムッソリーニは切腹したところ。イタリー人は如何。もっともベルリンにおった伊大使など行衛不明なところを見ると、イタリー内ではよほどの暴動、ファッシスト弾圧があったものらしい。
毎朝のラジオを聞いて常に思う。世界の大国において、かくの如く貧弱にして無学なる指導者を有した国が類例ありや。国際政治の重要なる時代にあって国際政治を知らず。全く世界の情勢を知らざる者によって導かるる危険さ。」(清沢『暗黒日記』)
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7月31日
・連合軍の新造トン数、損失を上回る。
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