社説:首相の「捏造」発言 冷静さを欠いている
毎日新聞 2014年11月02日 02時30分
一国の首相の口からこんな発言が軽々しく飛び出すことに驚く。
安倍晋三首相が朝日新聞を名指しして、その報道を「捏造(ねつぞう)だ」と国会の場で断じた。だが、捏造とは事実の誤認ではなく、ありもしない事実を、あるかのようにつくり上げることを指す。果たして今回の報道がそれに当たるかどうか、首相は頭を冷やして考え直した方がいい。
経過はこうだ。首相は先月29日昼、側近議員らと食事した。終了後、出席者の一人が報道陣に対し、首相はその席で政治資金問題に関し「(与野党ともに)『撃ち方やめ』になればいい」と語った、と説明した。これを受け、朝日のみならず毎日、読売、産経、日経など報道各社が、その発言を翌日朝刊で報じた。
ところが首相は30、31両日の国会答弁で朝日の記事だけを指して「私は言っていない。火がないところに火をおこすのは捏造だ」などと批判し続けた。一方、当初、報道陣に首相発言を説明した出席者はその後、「発言者は私だった。私が『これで撃ち方やめですね』と発言し、首相は『そうだね』と同意しただけだ」と修正した。つまり発端は側近らのミスだったということになる。
首相は「発言を本人に確かめるのは当然」と言う。その通りである。ただし現在、首相と担当記者との質疑の場は実際には首相側の都合で時折設定されているに過ぎない。首相がそう言うのなら、小泉純一郎首相時代のように1日2度、定期的にインタビューの場を設けてはどうか。
首相はかねて朝日新聞を「敵」だと見なしているようで、今回の記事も「最初に批判ありきだ」と言いたいようだ。「安倍政権を倒すことを社是としていると、かつて朝日の主筆がしゃべったということだ」とも国会で発言している。だが、朝日側はその事実はないと否定しており、首相がどれだけ裏付けを取って語っているかも不明である。
あるいは慰安婦報道や東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」報道問題で揺れる朝日を、「捏造」との言葉で批判すれば拍手してくれる人が多いと考えているのだろうか。
いずれにしても今回、報道に至る経過を首相が精査したうえで語っているようには見えない。「私は語っていない」と報道各社に修正を求めれば済む話だったと考える。
従来、批判に耳を傾けるより、相手を攻撃することに力を注ぎがちな首相だ。特に最近は政治とカネの問題が収束せず、いら立っているようでもある。しかし、ムキになって報道批判をしている首相を見ていると、これで内政、外交のさまざまな課題に対し、冷静な判断ができるだろうかと心配になるほどだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿