皇居 2015-06-10
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- 花ひらく 吉野 弘
事務は 少しの誤りも停滞もなく 塵もたまらず ひそやかに 進行しつづけた。
三十年。
永年勤続表彰式の席上。
雇主の長々しい讃辞を受けていた従業員の中の一人が 蒼白な顔で 突然 叫んだ。
― 諸君!
魂のはなしをしましょう
魂のはなしを!
なんという長い間
ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう ―
同輩たちの困惑の足下に どっとばかり 彼は倒れた。つめたい汗をふいて。
発狂
花ひらく。
― 又しても 同じ夢。
第一詩集『消息』(私家版、1957)所収)
ユリイカ 2014年6月臨時増刊号
総特集=吉野弘の世界
きっと「雇主」は、彼の働きのお蔭で会社の業績も上がっただの、
「労働生産性」とか、「効率」とかが大幅に改善しただの、
また、
環境が厳しい現下にあって、より一層の努力を求めるだのと、
感謝やら激励やらの言葉を並べたのだろう。
そして、その言葉は、全くのウソではなく、
「雇主」の本心だったかもしれない。
けれど、それを聞いていた「従業員の一人」は、もう耐えきれなくなった。
「魂のはなしをしましょう」と叫んでしまった。
しかし、
本当に叫んでしまったのか・・・?
ああ、
「― 又しても 同じ夢。」
なのか!
「ここで描かれているものは、ごく平凡で律儀なサラリーマンであり、秘められていた人間的なもの、つまり魂のはなしに、疎外されていた自己のありかが単純にかたどられている。
そのはなしを従業員として持ちだすことが同時に発狂のしるしであり、しかし、それこそが「花ひらく」生命の美しさであるというスリリングで強迫的な「同じ夢」は、吉野弘における外部の問題と内部の問題の相関を、実に端的に示している。」
(清岡卓行「吉野弘の詩」(『吉野弘詩集』(思潮社、1968)所収)
吉野さんは大正15年(昭和元年)生まれ。
徴兵5日前に敗戦を迎え、若い頃は労働運動に没頭して身体を毀したという経歴の持ち主。
NAVERまとめ
I was born、夕焼け…吉野弘さんの遺した「やさしい」詩 10選
によれば、
山田太一さんのドラマ『キルトの家』(NHK)で
山崎努さんの役柄に「魂の話をしよう」という台詞があったそうだ。
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