①現存する二条城。家康が建てて家光が増築、充実させた。
②信長が、将軍義昭のために建てたもの(今日の写真の上三つ)。但し、その前に、管領斯波氏の邸宅跡に、将軍義輝(義昭の兄)が自分の城を建ててます(写真の下三つ)。
③信長が自分の為に建てて、のち正親町天皇の皇子の誠仁親王に献上したもの。本能寺の際に信忠が戦死したところ(後日紹介)。
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「斯波武衛陣跡」の碑は1年前までは、駐車場の端に寂しく立ってましたが、今では看板まで立ててもらって出世してました。
「武衛」というのは、官名に「兵衛佐」を持つ人物を指し、室町幕府(尊氏)が管領斯波義将に与えたもの(頼朝も「吾妻鏡」では一時「武衛」と呼ばれている)。斯波義将は、1342~45年、この一帯(室町通下立売下ル一帯)に邸宅を構え、その邸宅が武衛陣と云われる。尚、現在もこの辺は、「武衛陣町」という名前の地名です。
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