2012年12月1日土曜日

インタビュー ポピュリズムの正体 吉田徹(北大准教授) 「朝日新聞」11月30日

インタビュー ポピュリズムの正体 吉田徹(北大准教授)
「朝日新聞」11月30日

政治不信かき集め 既存体制揺さぶる
権力近づけば弱く

「ポピュリズム」って響きがちょっとかわいいですが、日本語にすると「衆愚政治」。
印象が一変します。
既成政党の政治家やメディアに毛嫌いされ、否定されるポピュリズム。
しかし吉田徹さんは「徹底したポピュリズムこそが民主主義を救う」と言います。
どういうことなのか、話を聞きました。

---いまさら聞くのも気が引けますが、ポピュリズムって何ですか。
 「これだけ多用されていても、みなが納得するような定義がないのが問題です。
語源は英語の『ピープル』と同じで、ラテン君の『ポプルス(人々)』です。
オックスフォード政治小辞典では『普通の人々の考えを支持すること』とされています。
アメリカでは肯定的に、ヨーロッパでは否定的に使われ、日本では『大衆迎合』『衆愚政治』という意味で使われています。
どれが正しいということはなく、いずれもポピュリズムという曖昧模糊としたものの一側面を言い当てています」

---石原慎太郎さんはポピュリストですか。

 「彼は極右政治家です」

---橋下徹さんはどうですか。
 「ポピュリストでしょうね

---違いがよくわかりません。
 「ポピュリストは有権者の関心に応じて立ち位置も動く
既存の政党がすくい上げてこなかった『ニッチ市場』の争点をかき集め、ひとまとめにすることで既存政治を揺さぶろうとします。
維新の会の政策は場当たり的で一貫性がないと批判されていますが、それこそがポピュリズムの特徴で、思想的に極まっている人とは本来、正反対にいるものです」

---日本でポピュリスト的政治手法を使った政治家のさきがけは、小泉純一郎元首相でしょうか。
 「元祖は中曽根康弘元首相です。
自民党の得票率が40%を切るような状況に陥り、中曽根内閣は従来の支持基盤であった農村・商工業者から新たに、個人主義的な都市住民層の『広くて浅い』支持を獲得しようとします。
国鉄や労働組合といった敵をつくり、国鉄民営化を実現することで一定の成功を収めました」

 「いま日本のポピュリスト政治家は、基本的に地方自治体の首長です。
首長は大統領制型の政治を行えるし、中央と地方という分かりやすい対立構図をつくることができるため、リーダーシップの可視性が高いからです。
首相だった中曽根、小泉両氏が『上からのポピュリズム』とすれば、日本で初めて『下から』が生起したと言えます」

---橋下さんを「ポピュリストだ!」「危険だ!」と批判することによって、橋下さんの人気はむしろ高まったように思います。
 「当然です。ポピュリズムの源泉は政治不信です。
ベースとなっているのは、既存政治の無力と、政治を一方的に批判するだけのメディアや知識人といった『エリート層』への猜疑心です。
そういった人たちが橋下さんを批判すればするほど、彼の『正しさ』が証明される。
自分たちがポピュリズムを育てたのだという自覚を欠いたまま、橋下さんを批判している人が多すぎます

 「政治によって『代表される人々』と、社会にいる『実在の人々』との間には必ずズレが生じ、それが『自分は誰にも代表されていない』という政治不信を生みます。
ポピュリズムはそのズレを修正する自己回復運動のようなもので、民主政治に不可避なものです。いくら『大衆迎合だ』『衆愚政治だ』と批判したところでなくなるものじゃない」

---なくならないんですか。
 「なくなりません。
ただし、古今東西、ポピュリズムは基本的に一過性のものです。
もともと既存の政治システムへの批判からスタートしますから、システムの側が柔軟に応答した場合は治まります。
硬直したシステムの筋肉も柔らかくなって、しばらくはケガもしにくくなる。つまり問われているのは、既存システムの側の応答性です」

■    ■

---効用があってしかも一過性なら、放っておけばいいですね。
 「どうでしょう。
確かにポピュリズムは、権力に近づけば近づくほど現実化を余儀なくされます。
これまで『あっち側』を批判することで人気を得てきたのに、自分が『あっち側』の人間になったら批判の足場を失い弱体化してしまう。
よほどうまくかじ取りをしなければ人心が離れていく可能性は高い。
ただし集めた期待が大きければ大きいほど、失敗した時の失望も深く、政治そのものが誰からも信用されなくなり、民主主義が本当の危機に陥ってしまうかもしれません。
そうならないためにも、既存の政治システムの側がポピュリズムへの感受性を高め、自己変革のきっかけにすべきなのです」

---とはいえポピュリズムは「敵を名指しして人々の負の感情を動員する。危険ではないですか。
 「そういうものとも限りません。
例えば、アメリカの草の根保守運動のティーパーティーはポピュリズムの一種ですが、合衆国憲法の精神を足場に、そこからオバマ政権を批判しています。
先進民主主義国の多くは、迷った時に立ち返るべき『原点』を持っています
アメリカは憲法、フランスだったら共和制ですね。
欧米の現在のポピュリズムは、その原点における約束事の履行を求める政治運動という側面があります。
そしてオバマ大統領も、常に憲法を引用して国民に語りかける。
そこをスタート地点にするという共通了解があるのです」

 「しかし日本は、回帰すべき『原点』を持ちません
『万世一系』も日本国憲法も、そこまでのポテンシャルは持っていない。
残念ながら理念で人々を糾合することができない歴史なんです。
だからある時は抵抗勢力、ある時は官僚と、外部に敵をつくり、それを攻撃することによってしか人々を動員できません

 「少し話はそれますが、東日本大震災を受け、当時の菅直人首相が『第二の戦後復興を果たさなければならない』と発言しました。あの世界史的な大惨事に際して『戦後復興』しか持ち出すものがないというのはあまりにもつらい。
あとは『絆』とか、広告会社の陳腐なキャッチコピーのようなものか。そのような国のポピュリズムはその程度のものにとどまらざるを得ません」

■    ■

「構築する政治」へ
外からの力が 硬直さを刷新する

---回帰すべき原点をもたない私たちがポピュリズムをうまく使いこなすことができるでしょうか。
 「逆説的ですが、語の本来の意味でのポピュリズムを徹底することだと思います。
立ち返るべき原点を持たない私たちは、どんな社会に住みたいのか、どんな政治を望むのか、一人一人が突き詰めることから始めるしかありません。
自分の本当の欲望が分からないから、政治に対するマインドが消費者化し、これがダメなら次、また次と、政治そのものを疲弊させている。
いまの日本のポピュリズムも、その消費者化した有権者の一時的な欲望を満たして人気を得ればいいとなっています」

 「しかし政治とは本来、短期的で個別的な欲望を、より高尚で普遍的な欲望につなぎ、人々を導いていくものです。
民主政治を正しく機能させるには、個別的な欲望を新たな形でまとめあげる政治リーダーが必要です。そして既存の硬直し切った政治をポジティブに刷新できるのは、既存システムの外から出てくるポピュリストということになるでしょう」

---そもそも世の中を一新してくれるリーダーを追い求める心性こそが問題ではないでしょうか。
 「真の問題は冷戦後、企業的な発想が政治に持ち込まれ、効率性を高める、英断を下すといった企業経営者モデルのリーダーシップ像で塗り固められていったことです。
その延長線上に現在の首長型ポピュリズムがある。
しかし政治リーダーとは本来そういうものではありません」

 「政治リーダーとは人々を導く上質な『物語』を語れる人です。
利益を分配することで支持を集めてきた政治が、何も分配するものを持たなくなった時、手元に残るのはオバマ大統領の『ひとつのアメリカ』のような、国民を包摂できる物語しかない。
今や政治リーダーは、国民を『代表』するというよりも、『表現』することが求められるのです」

■  ■

---だから安倍晋三さんや石原さんは『美しい国』『強い日本』といった物語を一生懸命語っているのではないですか。
 「それは信じたいものしか信じない『お得意さん』向けの物語で、縮小再生産に終わります。
私が言っているのは、物語によって異なる地平にいる人々をつなぎ、新しい次元を開き、外交でも国政でも拡大再生産に持っていく、『構築の政治』を展開できるリーダーです」

 「ホンダの本田宗一郎のように、真に優れた経営者は物喬で人を動かしていたはずです。しかし今の橋下さん的なポピュリズムはブラック企業的で、働け、さもなくばボーナスが下がるぞと、恐怖心で人々を突き動かそうとしている風にしか見えない。
そんな橋下さん的な『批判の政治』ではなく、『構築の政治』を展開できるポピュリストが現れれば、自分の意思が政治に反映されていないと感じる人々に、政治への信頼と希望を取り戻してもらえるかもしれません」   (聞き手・高橋純子)




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