東京新聞 社説
年のはじめに考える 「悲しみ」分かち合う時
2015年1月5日
社会保障制度は人々の生活の安定を図り、安心をもたらすものです。社会の連帯に基づく「分かち合い」の制度について、あらためて考えてみます。
少数の富裕層と多くの労働者の貧困、教育を受けられない子どもたち、まん延する病気。
深刻な社会問題が発生した十九世紀のフランスで、法律家、政治家であり、後にノーベル平和賞を受賞するレオン・ブルジョワは「連帯」思想を提唱しました。厚生労働白書は次のように紹介しています。
◆義務としての連帯
<社会を存立させていくためには不公平を是正したり、生活リスクの負担を分け合う。そのために議論と合意を通じ、義務としてのルールを設定。義務を果たすことで正義を実現することが必要だ>
この思想はフランス国民の支持を得るのみならず、世界に広まり、本格的な社会保障確立のベースになっていきます。
日本で一九二〇年代に制定された生活保護法の前身といえる「救護法」も、連帯思想の影響を受けています。
戦後の先進諸国では「福祉国家」を目指して社会保障の充実が進みます。しかし、七〇年代のオイルショックで経済成長が鈍化する中、福祉国家は競争力低下をもたらすという新自由主義者の批判が米国や英国で高まります。
それを受け、八〇年代に誕生するのが、英国のサッチャー政権の「サッチャリズム」であり、米国のレーガン政権の「レーガノミクス」です。彼らは富裕層を富ませれば、その滴が下層にもしたたり落ちるというトリクルダウン理論に基づく政策を進めます。その結果、失業者の増加、所得格差、貧困の拡大など多くの弊害をもたらしました。
日本でも同年代、中曽根政権が誕生。社会保障費の抑制が進むことになります。
◆世界で広がる所得格差
経済協力開発機構(OECD)が昨年末、まとめた分析はショッキングでした。加盟する三十四カ国の大半で、所得格差が過去三十年間で最大になっています。そして、格差の拡大は経済成長の妨げにもなっているというのです。その理由について、不利な状況に置かれている人々の教育の機会が損なわれることを挙げています。
分析はこう続きます。格差を是正する政策が、税と給付による再分配であり、再分配は経済成長を押し下げるものではない-。
社会保障は貧富の格差を縮小し、低所得者の生活の安定を図る所得再分配や、病気、失業、高齢などの事態に社会全体で備えるという機能を持っています。
日本全体の個人金融資産は千六百兆円を超え、七割を六十歳以上が保有しています。老後の生活への不安が大きいせいでしょう。
社会保障が充実し、人々の将来への不安が払拭(ふっしょく)されたら、いざというときの備えとして蓄えられている資産が消費に回る効果が期待できます。加えて、医療、介護、保育などの関連産業の雇用も創出され、経済成長にも好影響をもたらすでしょう。
トリクルダウン理論を実践する安倍政権下で、富裕層と低所得層の二極化が進んでいます。社会保障の削減も進み、一定以上の所得がある利用者の負担を二割に引き上げるなどの介護保険サービスの負担増、給付減は四月から順次、実施されます。公的年金は段階的に減額され、生活保護費も引き下げられています。
神野直彦東京大名誉教授は著書「『分かち合い』の経済学」で、スウェーデン語に社会サービスを意味する「オムソーリ」という言葉があるのを紹介しています。オムソーリの原義は「悲しみを分かち合う」ということで、次のように書いています。
<人間は悲しみや優しさを「分かち合い」ながら生きてきた動物である。人間は孤独で生きることはできず、共同体を形成してこそ生存が可能となる。「分かち合い」によって、他者の生も可能となり、自己の生も可能となる>
日本の社会保障には、高齢世代と現役世代の「世代間の不公平」も指摘されています。しかし、年金制度などには、高齢者の生活を社会的に保障することで、その子や孫である現役世代が本来、背負う負担を軽くしているというメリットがあることも忘れてはいけないのではないでしょうか。
◆東日本大震災での経験
世代間の不公平論が広がる背景に、高齢者と若年者の対立をあおり、給付削減を進めようという財政当局の陰謀があるのではと勘繰ってしまいます。
私たちには東日本大震災後に神野教授のいう「分かち合い」精神を発揮した経験があります。互いに悲しみを分かち合う制度を何とか支えていくべきだと思います。
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