東京 江戸城(皇居)東御苑 2012-11-01
*昭和17年(1942)
11月1日
十一月初一 日曜日 朝來微雨夜に入りて歇む。
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11月2日
・十一月初二。晴。午後淺草を歩す。観音堂階前の鐡製用水桶、唐金燈籠、仏像及び弁天山の釣鐘等皆恙し。鳩も猶餓死せず。弁天山下のペンチに十七八の娘襟付の袷に前掛をしめ雑誌をよみ居るを見る。明治時代の女風俗を其儘見ることを得るは此土地の外には無かるぺし。仲店にて茄子の麹漬を買ふ。
〔欄外朱書〕北原白秋歿年五十八
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11月3日
十一月初三。晴。この夜十二時より酉の市なり。淺草上野邊の電車晝の中より乗客おびたゞしく乗る事能はざる由。ひとり金兵衛に夕飯を喫す。
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11月4日
十一月初四。晴、又陰。隣人より馬鈴薯一籠を貰ふ。夜金兵衛にていつもの人々と款話夜半に至る。風猶寒からず。枕上讀書黎明に至る。
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11月5日
十一月初五。晴。午後土州橋病院ビタミン注射。水天宮戌の日の賽日にて参詣の人織るが如し。
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11月6日
十一月初六。晴。野菜も切符にて買ふやうになりぬ。八百屋も町會にて定めたる店の外他の店にては賣らぬやうになりぬ。畢竟蔬菜の缺乏甚しくなりしが為なり。蔬菜は凍固して南洋占領地に送るなりと云。東京市民の饑餓も遠きにあらざるぺし。
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11月7日
十一月初七。快晴。
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11月8日
十一月初八 日曜日 快晴。
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11月9日
・十一月初九。今日も好く晴れて風なし。庭の落葉を掃いて半日を消す。夜Claude Farrere:L'homme qui assassina(人を殺せし人)をよむ。
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11月10日
十一月十日。快晴。西氏より唐筆唐墨を貰ふ。暮方の空に糸の如き三日月を見る。夜気甚冷なり。
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11月11日
十一月十一日。快晴。プラターンの落葉狼藉たり。門際の枇杷の木今年は枝毎に花をつけたり。夜金兵衛にて大賀といふ若き弁護士より台湾の羊羹及珈琲を貰ひぬ。此人吉井勇氏の親友にて文学の趣味ありといへり。
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11月12日
十一月十二日。日和つゞきの空けふも晴渡りて雲の影だになし。門前の落葉掃きゐたりし時菊の鉢植を賣りに來りしものありたれば二鉢ほど購ひぬ。一鉢参圓なりと言へり。夜金兵衛にて歌川氏より置時計を借る。
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11月13日
十一月十三日。快晴の日今日もまたつゞきたり。終日庭を掃く。夜ミシュレーの人道を繙く。暁明腹痛下痢。
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11月14日
十一月十四日。晝の中は折々音もなくふり來る小雨、しぐれの趣ありしが暮れてより大ぶりになり風も吹き添ひたり。枕上讀書前夜の如し。
冬來るやこの宵闇を小ぬか雨
気づかふて空見る門や枇杷の花
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11月15日
十一月十五日 日曜日 くもりて風吹きすさみたり。二の酉の夜ときゝしが風寒ければ行かず。"
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