2012年8月28日火曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(30) 「第1章 ショック博士の拷問実験室」(その10終)

東京 北の丸公園 2012-08-24
*
ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(30)
 「第1章 ショック博士の拷問実験室」(その10終)

不可能な再建
 初回のインタビューの最後のほうで、私はゲイル・カストナーに「電気の夢」についてもう少し話してくれないか頼んだ。
彼女の話では、何列にも並んだベッドに寝かせられた患者たちが薬物による昏睡に入ったり目覚めたりする様子をしばしば夢に見るという。
「みんな叫んだり、うめいたり、ノー、ノーと声を上げたりしている。あの部屋で目が覚めたときの感覚を今でも覚えています。汗びっしょりになって、吐き気がして、実際にもどして - そして頭がとても変な感じだった。頭じゃなくて塊をのっけているみたいな気がしました」。・・・

・・・「フラッシュバックが起きたの・・・何か気をそらすようなことを言ってみて。イラクの状況がどんなにひどかったかとか」・・・

キャメロンの失敗
 患者にショックを与えて混乱した退行状態にすることで、健全な模範的市民へと「生まれ変わる」ための前提条件を作り出せるというのが、キャメロンの論理だった。
背骨に損傷を負い、記憶を破壊されたカストナーにとってはなんの慰めにもならないが、キャメロンはその著作のなかで、破壊は創造のための行為であると述べている。彼のもとで過酷なデパターニングをくり返され、生まれ変わろうとしている幸運な患者にとって、創造はまさに贈り物なのだ、と。

 だがこの点で、キャメロンはみごとに失敗した。
患者はたとえ完全に退行した状態になっても、エンドレステープに録音されたメッセージを受け入れたり、吸収したりすることはけっしてなかった。
キャメロンには人間を破壊する才能はあったとしても、人間を作り変えることはできなかった。
キャメロンがアラン記念研究所を辞めたあとに行なわれた追跡調査によれば、かつての彼の患者のうち七五%は治療を受ける前より後のほうが症状が悪化していた。
入院前にフルタイムの仕事に就いていた患者のうち半数以上は、もはや仕事を続けることができず、カストナーのように治療前にはなかったさまざまな身体的・精神的不調に悩まされている者も少なくなかった。
「精神誘導」にはまったく効果はなく、アラン記念研究所はその後この治療法を禁止した

 問題は - 今から見れば明らかだが - キャメロンの仮説そのものが依拠していた前提、つまり治療の効果を上げるには、治療前に存在していたものをすべて取り除かなければならないという考え方にあった。
患者の習慣や行動パターン、そして記憶をすべて除去すれば、最終的には汚れのない白紙状態に到達できるとキャメロンは信じ込んでいた。
しかし、どんなに執拗にショックを与え、薬物を投与し、混乱させても、そのような状態は得られなかった。
それどころか結果は正反対だった。強く叩けば叩くほど、患者の状態は無残にも打ち砕かれていった。彼らの心は「きれい」になるどころかめちゃめちゃになり、記憶はズタズタになり、信頼は失われた。

破壊と創造、傷つけることと癒すことの区別
 惨事便乗型資本主義の考えに立つ人々もまた、破壊と創造、傷つけることと癒すことの区別ができないという点で共通している
イラクに滞在中、戦争で傷つけられた風景を、次にいつまた爆弾が落とされるかと不安な気持ちで眺めながら、私はしばしばその思いにかられた。

 米英軍によるイラク侵攻の立案者は、ショックの持つ力を熱烈なまでに信じており、武力行使によってイラクの人々を圧倒し、一種の仮死状態に陥らせることができると考えた。
これは「クバーク・マニュアル」に説明されていたことと共通する部分が大きい。
 イラクに侵攻した勢力は、このチャンスに乗じてもうひとつ別のショック、すなわち経済的ショックを与えることで、侵攻後白紙状態になったイラクに自由市場民主主義のモデルを創造しようと考えたのである。

 だが実際に侵攻によって作られたのは白紙状態などではなく、瓦礫の山と、生活を破壊されて怒りに燃える人々だった。
そして抵抗した人々には、さらなるショックが与えられた。その一部はかつてゲイル・カストナーに行なわれた実験に基づくものだった。

 「われわれは破壊するのはじつにうまい。けれどもいつか戦闘ではなく建設のためにここで働く時間が増えれば、それほど喜ばしいことはない」と、イラク戦争の戦闘終結宣言が出されてから一年半後、米陸軍第一機甲師団の司令官ピーター・W・キアレッリ中将は語った。

だがそんな日は二度と来なかった。
キヤメロンと同様、イラクにショックを与える”博士”たちには破壊することはできても、再建することは不可能なのだ。

(第1章 おわり)

0 件のコメント: