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東日本大震災:福島第1原発事故 東電テレビ会議公開映像検証 現場、募るいらだち 首脳、危機感乏しく(その1)
毎日新聞 2012年08月22日 東京朝刊
東京電力は、東日本大震災直後(昨年3月11日)から録画していた約150時間に及ぶ社内テレビ会議の映像を報道関係者に限って公開している。福島第1原発事故はどのように事態が深刻化し、政府・東電はどう臨んだのか−−。約150時間のうち、音声記録がある約50時間を中心に検証した。(肩書はすべて当時。<>部分は映像での発言を示す。ただし、名前のない部分は特定できないよう「ピー音」で処理されている)
■事故の進展と対応
◇昨年3月11〜12日 「首相、とにかく怒る」
11日午後6時27分からテレビ会議の映像が残るが、音声はない。
12日午後3時36分、1号機が水素爆発し、免震重要棟にある緊急時対策本部を映した画面が2、3秒揺れた。音声付き映像は同10時59分、官邸から本店に引き揚げた武黒一郎フェローの報告から始まる。
<武黒氏「(菅直人首相が)とにかくよく怒るんだよね。避難区域を決めた時も、私と班目(まだらめ)(春樹・内閣府原子力安全委員長)さんが説明すると、『どういう根拠なんだ! 何かあっても大丈夫と言えるのか』とぎゃあぎゃあ言うわけですよ。で、まあ結局、何もやらないよりいいかってことで、3キロになったと。(中略)爆発があったこと、(午後)5時半に菅さんの執務室のテレビ見て、ぎゃあってびっくりしたんだけど、もう少しうまい連携をしないとちょっと格好悪いなというのがあります」>
<高橋明男フェロー「官邸との連絡は反省するところもあったし、情報のあり方は明日少し改善しましょうか」>
<吉田昌郎所長「避難住民には、事故の説明に来ない東電に対してものすごい不満があるが、応え切れていない。今後、多分我々はものすごい鼻つまみものになる。このタイミングで手を打たないといけないが、説明に人を割けず、非常に困っている」>
◇13日午前 「何でもぶち込む」
未明、3号機の原子炉水位が低下。核燃料が露出し、炉心溶融する恐れがある。注水には炉内の圧力を下げ、格納容器から気体を外部に排出するベント(排気)が必要だ。午前5時すぎに緊迫した会話が交わされる。
<第1原発「3号機、(炉内水位の)TAF(燃料頂部)到達まで1時間弱。TAF到達から炉心溶融まで4時間と評価してます」>
<第1原発「何もしなければ炉心損傷9時半、PCV(原子炉格納容器)圧力が設計圧になるのが19時半くらい」>
<本店「4時間で(ベントできなければ、燃料の)損傷になっちゃうんだね」>
<高橋氏「(ベントのための)バルブ(弁)を開けに行かないとだめだよね。線量上がっちゃうから」>
<吉田氏「もう、やろう」「ちょっと皆さん、浮足立たないでね。自分がやることをしっかりやろうね」。
◆
3号機のベント準備に取りかかったが、午前8時前、1号機で新たな問題が持ち上がった。
<吉田氏「1号機の(使用済み核)燃料プールから湯気が出ているとの話が出ていて、かつ1、2号機の線量が非常に高いということで、手を打ちたいんだけど水源もないんで知恵が出てこない」>
<小森明生常務「ヘリで水を上から噴霧か、落とすか」>
<吉田氏「水源をキープしないとまずいと思うんですけど」>
<小森氏「実現可能性の話はなかなか思いつかないんで」>
<吉田氏「線量高いですしね、上も」>
<オフサイトセンター(以下OFC)「入っていけるのであれば、手で水をぶち込むことを考えて」>
<本店「氷とかドライアイスとか何でもぶち込む」>
<吉田氏「1号はオープン(建屋が爆発して開放された状態)だけど、3号は線量が高くて氷を持ち込む余裕がない」>
◆
プールには、ヘリ放水を検討することになった。3号機は午前9時すぎに原子炉の減圧に成功。消火用の配管から消防車での注水が始まった。だが、淡水が底をつき始めた。
<吉田氏「水源80トンしかないから、人海戦術でも何でもいい、水をいろんなところから持ってきてタンクに入れる作業に移ってほしいんだ。これが最優先課題、OK?」>
<武藤栄副社長(OFC)「海水も考えなくちゃならないんじゃないの? これ官邸とご相談ですか?」>
<吉田氏「今、(再臨界を防ぐ)ホウ酸を入れたんですが、海水はなしでいきたいと考えてます。極力真水を集めてきて」>
<高橋氏「今現在、何トンの水が入っているのか」>
<吉田氏「量はここでは測れない。そういう細かい質問を今されると、こちらでは困るんですけど。あと水素ができている可能性ありますよね、燃料がこれだけ暴れていると。1号機のような爆発を起こさないようにするのが重要です。本店を含めて知恵を出し合ってほしい」「消防車の燃料は」>
<第1原発「軽油があるはずです」>
<吉田氏「『はず』はやめよう。今日は『はず』で全部失敗してきたから、(本当にあるかどうか)確認しましょう」>
◇13日午後
2時半ごろ以降、3号機原子炉建屋にたまった水素をどう外へ排気するか議論されたが、アイデアが浮かばない。一方で爆発の予兆が現場に報告される。
<第1原発「上空からヘリで、(何か落下させて原子炉建屋を)突き破らせる」>
<吉田氏「注水している連中が、その真下で作業しているので非常に危ない」>
<横村忠幸・柏崎刈羽原発所長「ぼくは賛成。風向きみて。爆発するかもしれないけど」>
<本店「でもヘリコプター落ちたら、元も子もないですから」>
<本店「自衛隊に頼んでさ、火器でブローアウトパネル(原子炉建屋上部に設置されている小窓)を吹っ飛ばしてもらえば」>
<高橋氏「下に大事なものがいっぱいあるんだよ」>
<本店「だって、どのみち吹き飛ぶぜ」>
◆
<第1原発「1時間前に作業員に見てもらったんですが、1号と同様に(3号機の)スタック(排気筒)から白い煙が出ていると」>
<吉田氏「昨日、(1号機で)もやが出てるよって言われて、実際に爆発したのは1時間後くらい」>
<小森氏「すごいやばい状況。あと30分くらいのオーダーか。対策の方はどんな状況?」>
<本店「強制的に空気を送り込んで水素をパージする(追い出す)とか、窒素を充満させるとか。なかなか決め手という案はない」>
◆
水素爆発を防ぐ妙案がないまま時間が過ぎていたが、トップの危機感は乏しかった。
<勝俣恒久会長(武黒氏との電話で)「(3号機は)ベントをね、開けられそうなのよ。水素の問題? それはまあ確率的には非常に少ないと思うよ。国民を騒がせるのがいいのかどうかって判断だけど。社長の記者会見で(水素爆発の可能性を)聞かれたら否定するよ。ベントを開いちゃうから消えてくれると思うよ」>
言葉通り、清水正孝社長は同夜の会見で、3号機の爆発リスクを否定した。
◇14日午前 「パネル開いた」「ラッキー」
早朝、3号機の格納容器圧力が再び急上昇した。
<吉田氏「(午前)6時から6時20分の間に50キロ(パスカル)も上がってる。これは7時前に設計圧力、超えちゃうよ。水位がダウンスケール(計測域外)しちゃってるじゃん。うえっ! 小森さん、もう危機的状況ですよ」>
<小森氏「(本店の社員に)おい、保安院に、官邸に、水位が……。早く連絡して!」>
<吉田氏「完全に(燃料が)露出してる状態になってますよ」>
<第1原発「今、風向きは南南東ですので、陸地に向かって吹いています。(ベントした場合、水を通さない)ドライウェル(格納容器)からの放出になりますんで、ヨウ素の放出量が桁違いに上がります」>
<武藤氏(OFC)「できるだけ頑張って、一番最後まで行って(ベント弁を)開けるってのが(非常時マニュアル上の)手順じゃないの?」>
<吉田氏「そうですけども、上昇が急激なものですからね。すごい気になるんですよ」>
<小森氏「非常に危険な状況。放出量の評価とか、すぐに出せるか? 避難距離を拡大するかというような判断に関わるので、急いで計算してもらえるか」>
<本店「あと5分ください」>
<吉田氏「退避命令出します」>
◆
午前11時1分。3号機で水素爆発が起こる。
<吉田氏「本店、本店、大変です。3号機、たぶん水蒸気(爆発)=実際は水素爆発=だと思う。今、爆発が起こりました」>
<高橋氏「1号機と同じような感じね」>
<吉田氏「はい、地震とは明らかに違う縦揺れが来ましてですね、後揺れがなかったということで」「なるべく固まって安否確認してください。津波警報も出てますので、早く引き揚げていただくようお願いします。医療班! 負傷者が必ず出てくるので受け入れを確認してください」>
<本店「北東から南東へ風が流れてる、その方向に煙が行っていることを官邸並びに福島県、関係市町村に直ちに連絡した方がいい」>
<吉田氏「二つの爆発で職員がみんな落ち込んでます。被ばく線量がパンパンになっているので、その辺の配慮をお願いします」>
<清水氏「可能な範囲で対処しますので、今しばらく頑張ってください」>
◆
爆発から30分程度経過しても、本店は一体何の爆発なのか把握できない。負傷者の発生が懸念される中、本店では記者発表文に爆発をどう書き込むか議論が続いた。
<高橋氏「水素爆発かどうか分かんないけど、保安院が水素爆発と言っているから、もういいんじゃないの? 水素爆発で」「保安院がさっきテレビで水素爆発と言っていたけど、歩調を合わせた方が良いと思うよ」>
<清水氏「はい。いいです。スピード勝負!」>
◆
爆発の余波が落ち着いた後、現場では2号機の爆発をどう防ぐか議論されるが、幸運な偶然が訪れる。
<吉田氏「緊急度の高いのは、(水素を外に排気するため)2号機のパネルを開けることだと思います」>
<高橋氏「官邸から線量500ミリシーベルトまでいいからやれって」>
<吉田氏「ちょっと今、現場から入ってきた(情報だと)、2号機のパネルは1号の爆発の時に開いちゃったみたいだって」>
<本店「おお、ラッキー」>
<吉田氏「未確認だから喜ばないでね」>
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◇TV会議映像とは
東京電力の社内テレビ会議システムでは、本店(東京都千代田区)、福島第1原発(福島県大熊、双葉町)、福島第2原発(福島県楢葉、富岡町)、柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市、刈羽村)、現地対策拠点のオフサイトセンター(福島県大熊町)の5カ所が結ばれている。
今回、公開された範囲は事故当日の昨年3月11日夕から16日未明までの延べ約150時間分で、東電は「(社会的関心の高い)事故の初期対応部分」に絞っている。このうち、本店で録画した約50時間に音声は記録されているが、福島第2原発で録画した約100時間に音声は残されていない。さらに、ウェブサイト(http://photo.tepco.co.jp/date/2012/201208-j/120806-02j.html)を通してだれでも閲覧できるのは約1時間半(経過表「福島第1原発事故の経緯と、テレビ会議の公開部分」での(1)〜(9))。この画像では、水素爆発や菅直人首相の本店来訪などの場面を抜粋し、さらに画像や音声を加工している。
ウェブサイトの1時間半分を除いた大半の映像の公開は報道関係者に限定。映像や音声がネットなどに流出しないよう、本店での閲覧にとどめ、録画や録音、配信を禁じるとの同意書の提出を求めた。また、幹部以外の社員が特定されないよう、顔や名札など個人が特定できないよう映像29カ所をマスキング処理し、名前を呼ぶ音声部分1665カ所に「ピー」という雑音をかぶせた。東電は「社員が特定されれば、個人の責任追及や誹謗(ひぼう)中傷が懸念されるため」と説明している。
こうした措置について、日本新聞協会は今月3日、自由な取材を求める申し入れ書を東電に提出した。毎日新聞社も取材・報道の制限を撤回するよう要求している。
東日本大震災:福島第1原発事故 東電テレビ会議公開映像検証 現場、募るいらだち 首脳、危機感乏しく(その2止)
毎日新聞 2012年08月22日 東京朝刊
◇14日午後 「邪魔しないでください」
午後1時半ごろ、今度は2号機の原子炉水位が下がり始めた。だが、海水をためていたプールには、爆発によるがれきが散乱、注水に支障をきたしていた。
<吉田氏「いろんなものを引き上げて、とりあえず水を出すことにとりかかる必要がある。かなりの人数で現場に行くことをお願いします。線量(の余裕が)残ってる人、現場に行く人を募って」「皆さん、ちょっと落ち着きましょう。じゃあ、みんなで深呼吸しましょう。息を吸って−−。吐いて−−。はい、これで整理して、現場に行く者、検討する者、手分けして段取りよくやりましょう」>
◆
2号機への注水が手間取る中、午後4時すぎ、官邸の班目氏から吉田氏に電話が入る(電話音声はなし)。
<吉田氏「ベントを待たないで一刻も早く水を入れるべきだってサジェスチョン(提案)が安全委員長から来たんですが」
<本店「その場合の心配点は、ウェットウェルベント(圧力抑制室経由のベントのこと。外部へ出る放射性物質量を低減できる)が(水で)埋まる懸念があります」>
<吉田氏「今はもう時間がなくて。安全委員長並びに保安院長、官邸がすぐやりなさいとおっしゃってんだけど、それでいいですか」>
<清水氏「吉田さん、班目先生の方式で行ってください」>
<吉田氏「わかりました」>
<清水氏「(2号機についての)最悪のシナリオ。これを描いて対応策を報告してください。早く」>
<本店「最悪な状態になるのは、えっとそうですね。あと2時間かかりますかね? だと思います」>
<清水氏「よし至急その対応策を。すぐに手を打たないといけない」>
◆
午後6時すぎ、逃がし安全弁(SR弁)を開き、圧力容器の減圧に成功した。しかし、原子炉内の水位は下降し、午後6時22分、燃料が完全に露出した。線量が上昇する中、本店中心に同7時半以降、作業員の退避問題が話し合われる。官邸から「全面撤退」と疑われたやりとりだが、官邸との関係に神経をとがらせていた清水氏がけん制する。
<小森氏(OFC)「退避基準を考えないといけない。どっかで判断しないといけない」>
<武藤氏「分かった」>
<本店「一応、(炉心溶融の)1時間ほど前に退避すると。その30分前から退避準備を考えてます」「退避場所の第1候補は浜通り電力所、第2候補はエネルギー館(ともに福島県富岡町)」>
<高橋氏「武藤さん。全員のサイトからの退避ってのは何時ごろになるんですかね?」「今ね、1F(第1原発)からですね、いる人たちはみんな2F(第2原発)のビジターホールに退避するんですよね?」>
<増田尚宏・福島第2原発所長「1Fからの退避者のけが人は、正面わきのホールで全部受け入れます。それ以外の方は全部、体育館に案内します」>
<清水氏「現時点では、まだ最終避難を決定しているわけではないということをまず確認させてください。それで、今しかるべきところと確認作業を進めております」>
◆
午後9時すぎ、突然、免震重要棟で拍手と歓声が上がる。水位計が突然復旧したためだ。直後、新潟県中越沖地震で事故を経験した柏崎刈羽原発の現場が忠告する。
<本店「(おどけて)だれかの誕生日ですか?」>
<第1原発「今ようやく水位出ました」>
<本店「やったあ」「おめでとう」>
<横村氏「水位計をね、信じちゃだめだよ。(水位計は)完全に乾ききっていると高めに表示するから」>
◆
真っ暗で線量も高く、現場に近づくのは簡単ではない。SR弁を開く作業を進めるも、なかなか開かない。ベントも急ぐ必要があるが、遅々として進まず、本店と現場で緊迫したやりとりが続く。
<本店「高圧の状態で炉心損傷しますと、ほんの数時間で格納容器破損までいきます」>
<第1原発「かなりシビアな話だと思います」>
<早瀬佑一顧問「一番開きやすいSR弁を探して早くバッテリーをつないで!」>
<吉田氏「はい。はい」>
<第1原発「ベントが一番先だ」「早急にドライウェルの小弁を開けなきゃいけない。許可をいただけますか」>
<高橋氏「やってくれ。やらないと壊れちゃう」>
<小森氏(OFC)「ドライウェルの小弁というのは、それは格納容器の中のもの(放射性物質)は出ちゃうんですよ」>
<武藤氏「開けるしかないんだよ」>
<吉田氏「そう。これは(格納容器が)ブレークする(破れる)のを(回避するためには)、後のことを考えないで今やるべきだと思うよ」>
<小森氏(OFC)「風向きだけ見といてください」>
<早瀬氏「おい吉田、できるんなら、すぐやれ。余計なことは考えるな。こっちで全部責任取るから」>
<第1原発「ベント、ベントって、どこの何をベントしたらいいの?」>
<早瀬氏「とにかく小弁でもいいから早く開け!」>
<吉田氏「はい、はい、指示してます」>
<高橋氏「もう1弁あるからさあ、そっちは開いてるのかい?」>
<吉田氏「今操作してますんで、ディスターブ(邪魔)しないでください」>
◆
音声付きの映像は15日午前0時6分まで。同午前5時半過ぎには菅首相が本店に乗り込む。音声なしの映像も16日午前0時2分で終わる。
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◇海水注入問題 「材料腐り、もったいない」
電源喪失やテロなどに備える電力会社の対処指針「アクシデントマネジメント」では、原子炉への真水注水が停止した場合、代替手段ですぐに海水を入れるよう定めている。海水が入れば炉内金属の腐食やひび割れなど劣化が進み、廃炉は避けられない。東電は社内の事故調査報告書で、海水注入を「ためらったことはない」としていたが、炉心溶融という緊急事態にも、経営を最優先に考える社員の姿が映っていた。
<本店「こちら側の勝手な考えだと、(2号機に)いきなり海水(注入)っていうのは(原子炉の)材料が腐っちゃったりしてもったいないので、なるべく粘って真水を待つという選択肢もあると理解してよいでしょうか」>
<吉田昌郎所長「(そう)理解してはいけない。今から真水というのはないんです。時間が遅れます。今みたいに供給量が圧倒的に必要な時に、真水にこだわってるとえらい大変なんですよ。だから、もうこれは海水でいかざるを得ない」>
<本店「現段階のことは理解しました」>
<本店「いかにも、もったいないな、という感じもするんですけどもね」(13日午後8時20分ごろ)>
◆
1号機の海水注入をめぐっては、再臨界を懸念する官邸をおもんぱかって、武黒一郎フェローが吉田氏に電話で注入中断を指示。吉田氏は両手でバツマークを現場に示しながら、実際は継続するという一芝居を打った。菅直人首相が注入を了解したのは12日午後8時10分。その後、官邸から「いつ満水になるのか」との問い合わせが相次ぐ。
<吉田氏「官邸がさ、(原子炉が海水で)満杯になる目安の議論してるから、その計算だけ先にしといてよ」>
<第1原発「格納容器の容量は3000トンで、それを毎時60トンで割ると、大体……」(13日午前1時ごろ)>
格納容器内にある水や外部に通じる配管もあるため、計算の議論は約15分が費やされた。水位計も不確かで、「2時間」と回答した。吉田氏はその後、本店経由で、官邸に海水注入の状況を直接報告するよう求められ、官邸に電話をかけ始める。
<吉田氏「官邸に電話かかんないよ」>
<本店「何度かやるとかかるから、何度かトライしてください」>
<吉田氏「昨日から、ずっとこれなんだよな。官邸は……」(13日午前4時半ごろ)>
これ以降、本店をスルーして、吉田氏と官邸の「ホットライン」が結ばれる。
「所長は官邸と連絡中」。
テレビ会議の進行をよそに、官邸との電話連絡に時間を取られる吉田氏の姿が多く見られるようになる。
◇上昇する放射線量 「毎時3.2ミリシーベルト」「それ大変だよ」
3月14日午前11時1分、3号機が水素爆発した。2号機では、燃料が入った原子炉格納容器内の水位が下がり続けた。
<第1原発「本店がNISA(保安院)と調整し、緊急復旧時の個人被ばく限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトまで認めることで調整されたそうです」>
<武藤栄副社長「250ってのは、(健康影響を考えると)相当に限界的な数字なので、しっかり守ることが大事だと思います」(14日午後2時ごろ)>
◆
同午後6時22分、2号機の燃料が空だき状態になる。
<第1原発「ちょっと、至急に報告します。(正門付近で)測定した結果ですが、毎時3・2ミリシーベルトのガンマ線です」>
<吉田昌郎所長「ちょっと待ってくれ。ちょっと待って。3ミリシーベルトなの。ミリってことはマイクロに直すと3000ってことだろ。15条!」>
<武藤氏「それ、大変だよ。今までになく高いよね」>
<高橋明男フェロー「この半分ぐらいは、ありましたね」>
<吉田氏「もう、全然気にしなくなっちゃった」(14日午後9時40分ごろ)>
3・2ミリシーベルトは、一般人の年間被ばく限度量(1ミリシーベルト)をわずか20分で超える。吉田氏は直ちに、原子力災害対策特別措置法に基づく「15条通報」に相当する緊急事態として、関係機関に報告するよう所員に命じた。
◆
現場への立ち入りを求める本店、上昇し続ける放射線量に追い詰められる現場との乖離(かいり)が生まれ始めた。
<本店「役所からの強いリコメンド(勧め)ということで伝わってきた内容です。海水の注入量(の増加速度)が初期は速かったけど最近は遅いので、(取水口に)藻や何かが絡まっていることがないか、現地を見るようにしてくださいとの指示です」>
<吉田氏「簡単に皆さんは言われるんですけど、どのエリアも、ものすごい高いあれ(線量)なんで、避難場所もない所で監視するのはものすごく大変なんです」「なんで見てなかったかってよく言われるけど、見てられないんですよ。この人間で、その線量の所で」(14日午後10時半ごろ)>
◇「報道管制」の実態 「営業ルートで抗議」
映像には、首相官邸と経済産業省原子力安全・保安院が原発事故の情報を統制し、報道規制をしたようにも取れる場面がある。
<本店「(保安院は)今、プレス(記者発表)を止めてるそうです。(3号機への冷却水)補給開始をじっくり見守るそうです。その状況を時々刻々、官邸と保安院に流せとの指示です」>
<武藤栄副社長「了解」(14日午前7時50分ごろ)>
3号機では14日午前6時半ごろから、原子炉の圧力が上昇。冷却水注入が進まず、社内では1号機に続いて3号機も水素爆発するとの懸念が膨らんだ。報道規制の報告に、だれも異論を挟まなかったが、午前8時40分ごろに東電福島事務所経由で、福島県が同9時に開く幹部会議で3号機の詳細な状況を発表したいとの要請が届く。東電は、官邸・保安院と、県との間で板挟みになる。
<小森明生常務「中央側と(県の)どっちが大事なの?」>
<本店「じゃあ、まず官邸に告げ口。『福島県からこう言われて困っている』と」(同8時40分ごろ)>
結局、県は3号機の詳細な状況を公表できず、東電は胸をなで下ろす。
<本店「県としては相当(印象が)悪いと思いますね。知事は、県民の安全を守るとの観点で情報を出さないのはけしからんというスタンスですから。後々ちょっとつらい立場になることは間違いないですね」(同9時半すぎ)>
保安院の森山善範・原子力災害対策監は今月16日の記者会見で「東電から公表の相談を受けた保安院職員が上司と相談する間、発表を待ってもらっただけ。保安院は午前9時に3号機の状況を公表しており、報道発表を抑制した事実はない」としている。しかし、保安院職員が相談を受けたのは午前7時ごろ。3号機の危機的状況についての報道発表は、保安院・東電間で2時間たなざらしになった。
◆
一方、報道規制をめぐっては、福島県から東電にこんな依頼もあった。
<本店「県庁、具体的には知事から、『今、北西の風で、観測された放射線量から健康に被害が出る心配はない』との文言を入れたい、入れてほしいとの話があった。こう言いたいのは山々だが、これでいいか諮りたい」(14日午後1時半ごろ)>
3号機は14日午前11時1分に水素爆発した。地元では、放射性物質拡散への懸念が最も高まっていたころだが、東電も県の要請には難色を示す。
<本店「ここまで電力会社から言っていいのか気になる。拡散作用で(濃度は)薄くなるとは思うが、(健康に被害が出る心配はないと)言い切るのはリスキーだ。こういう話は国に言ってもらいたい」(同)>
最終的には発表文に記載することは見送られた。県は東電への「依頼」を全面否定している。
県の「依頼」はテレビ会議画面に、手書きのメモとしてアップで映されているが、誰が、どこから聞いて書き取ったかは不明だ。
◆
映像では、ワイドショー報道にもクレームをつける東電幹部の様子が残る。
<本店「日曜日(3月13日)のテレビ報道ぶりが非常によくない。特にTBSの関口宏氏のサンデーモーニングでは、東電は何もやっていないという言いっぷりが出された。営業ルートで今すぐ抗議している。他にも目に余る部分があればきちんと厳正に対処する」(13日午前11時ごろ)>
◇物資・人手不足 「軽油が切れました」
現地では交通網が遮断され、燃料やバッテリーなどが枯渇し始める。SR弁(逃がし安全弁)を動かすバッテリーもなく、東電は社員を福島県いわき市へ派遣し、カー用品量販店でバッテリーを調達しようと試みるも、その前に手持ちの現金が底をついてきた。
<第1原発「バッテリーの買い出しに行きますが、現金が不足しております。現金をお持ちの方、ぜひお貸しいただきたいと思います」(13日午前7時ごろ)>
現地は通行止めも多く、第1原発から約50キロ離れたいわき市へは片道6時間かかった。到着しても閉店が多く、調達はままならない。本店が動き出す。
<本店「本店から相当多額のお金を持ってOFCに1人向かわせています。OFCに現金がある状態が今晩から生まれるんでご活用ください」>
<吉田昌郎所長「はい。それは借用書を書けば貸してくれるということですね」>
<本店「信用貸しとしましょう」(13日午後6時ごろ)>
◆
ガソリンの調達も難航した。
<第1原発「手持ちの軽油が切れました。余っているところがあれば申し出てください」>
<武藤栄副社長「たぶん余っているのは、人がいなくなっちゃった所のガソリンスタンドだよ。農協のスタンドなんか、たぶん軽油いっぱいあると思うよ。農協の人がどこに行っちゃっているか分からないけどさ」(14日午後7時ごろ)>
<増田尚宏・福島第2原発所長「(第2原発でも)電源装置への給油を断られています。『こんな危険な状態で給油なんかできない』と。我々が給油しますと言っても『そんな仕事は任せられない』と言われて……」(14日午後8時15分ごろ)>
<OFC「ガソリンはこちらにキープしてあって、これから(第1原発に)持って行きます。200リットルのドラム缶4缶あります。ただ、軽油は申し訳ない。20リットルだけ手配できそうです」>
<高橋明男フェロー「ポリバケツに入れて持って行ってやって」(14日午後9時半過ぎ)>
◆
物資をさばく人員の余力もなかった。
<第1原発「正直言ってもう、電気、計装制御(の各担当者は)……。疲弊しきっております。人海戦術でバッテリーを中操(中央制御室)に運んで結線しなきゃいけなくて、ものすごい負荷になっています。他サイトの方々にお手伝いいただけると非常にありがたいんですが」>
所員から燃料の追加準備を求められ、吉田氏はいら立ちを隠せなくなる。
<吉田氏「そりゃね、用意してと言うだけの人はうらやましいよ。なあ、誰だってそう思うよ。このドタバタの中に物資が来ない、運ぶ手段もない。みんなギリギリやってんだから、そんなきれいごと言ったって、できないものはできないんだよ」(14日午後10時ごろ)>
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◇一般公開求める声も
公開されたテレビ会議の映像は昨年3月16日午前0時2分で終わっている。東電はそれ以降の録画分について「関心の高い場面について公表を考えたい」としている。
16日以降も、2号機の高濃度の放射性汚染水漏れ(4月2日)や、5、6号機などから出た汚染水の海洋放出(同4日)など、重大なトラブルが相次いで発生している。事故の収束作業を検証していく上でも、さらなる公開が不可欠だ。
東電の株主でもある東京都は、現状の限定公開ではなく一般公開するよう要請している。
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西川拓、中西拓司、奥山智己、阿部周一、岡田英が担当しました。
東日本大震災:福島第1原発事故 東電テレビ会議公開映像検証 二見常夫・東工大特任教授の話
毎日新聞 2012年08月22日 東京朝刊
◇指揮系統あいまい
識者は、テレビ会議映像(一般公開部分)をどう評価するのか。東京電力福島第1原発所長を務めた二見常夫・東京工業大特任教授(69)は、「だれが指揮命令するのか、という危機管理の根幹を明確にしないまま事故対応に突入したのではないか」と指摘する。
東電に36年間勤務したが、うち12年間が福島だ。福島の皆さんには公私ともに大変良くしていただいた。福島は第二の故郷で、避難生活を強いられている皆さんに心からおわびする。
テレビ会議では終始一貫、清水正孝社長、原子力トップの武藤栄副社長らが会議室真ん中に陣取り、陣頭指揮を執っていると想像していた。だが武藤氏らが不在の場面が多く、本来の指揮命令系統ではないフェローらが入れ代わり立ち代わり、吉田昌郎所長に指示していた。
その典型は3月14日午後4時15分以降の映像だ。2号機について現場が圧力抑制室経由のベント(排気)操作に全力を挙げている最中に、班目春樹・原子力安全委員長からSR弁(逃がし安全弁)を開けて、炉内圧力を下げて注水することを優先するよう電話で求められた際、吉田氏は何度か本店に「技術的に大丈夫か」と確認した。
しかし、武藤氏は移動中のため不在で、結局、ベントにてこずる様子を見ていた非技術系の社長の指示で委員長指示に従った。本来は現場対応に追われる吉田氏に代わり、原子力担当の武藤氏が技術的妥当性を判断すべきだった。
武黒一郎フェローから1号機の海水注入中断の指示を受けた吉田氏が、現場に中断を指示したようにみせながら、実際は継続した場面(12日午後7時25分ごろ)も、危機管理対応に疑問を投げかけた。原子炉は水位が下がると、ECCS(緊急炉心冷却装置)が作動し、自動的に注水する。それがどうしても作動しない極めて深刻な事態だからこそ、真水がなくなった現場では海水注入を始めた。
武黒氏は海水による再臨界を懸念する官邸の意向をそんたくし、吉田氏に中断を指示した。しかし海水注入は、燃料溶融を阻止するための極めて技術的な手段であり、政治介入の余地はない。東電は体を張って海水注入の妥当性を官邸に説明し、現場を守るべきだった。
もし中断していたら注入が再開できた保証はない。東電解析によると、溶融燃料は1号機の格納容器外側までわずか約37センチにまで迫っていた。中断したら溶融燃料が格納容器を突き抜けた可能性もあり、事態はもっと悪化していた。
関係者にとってはつらく、苦しい面もあるだろうが、事故を徹底的に分析し、教訓を後世に引き継がなければならない。東電の資料やデータは今や国有財産と言ってもよく、すべてを公表すべきだ。
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■人物略歴
◇ふたみ・つねお
1943年神奈川県生まれ。東京工業大大学院修了。専門は原子核工学(工学博士)。67年東京電力に入社。福島第1原発所長、常務取締役立地環境本部長などを経て03年退職。昨年4月から現職。著書に「原子力発電所の事故・トラブル−分析と教訓」(丸善出版)。
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