東洋経済オンライン
米国が頭を悩ます、安倍政権の取り扱い方
歴史認識発言が、米中韓にもたらした波紋
ピーター・エニス :東洋経済特約記者(在ニューヨーク) 2013年07月11日
オバマ政権は、安倍晋三首相に関して難しい舵取りを強いられている。安倍氏のナショナリスト的なアジェンダには距離を置く一方で、日本そのものは極めて重要な同盟国として受け入れている。外交・安全保障上の地雷原となっている北東アジアにおいて、安倍政権をどう扱うかは簡単なテーマではない。
米中央情報局(CIA)は、ワシントンの複数のシンクタンクの専門家に研究を委託している。その研究テーマとは、安倍首相が歴史に関して「修正主義」的な見解を押し出したことで生まれた北東アジアの政治的危機を、どうすれば最もうまく抑え込めるか、についてだ。
研究の詳細については、大ざっぱなことしかわからない。それは米国政府の高官たちが、このところ、極秘情報の「漏洩」に非常に敏感になっているからだ。たとえば、米国では現在、ジェームズ・カートライト大将(元海兵隊大将、米統合参謀本部の前副議長)が、イランの核施設に対する米国のサイバー攻撃についての極秘情報を記者に漏らした容疑で、司法省の取り調べを受けている。ちなみに、カートライト氏は、バラク・オバマ大統領と非常に近しい間柄だ。
現時点で米国のコンセンサスとしては、安倍首相のプラグマティック(実利的)な側面とイデオロギー的な傾向を区別し、実利的な側面には協力する一方で、イデオロギー的な傾向には批判を強めて距離を置く、というのが最善の策だと見ている。
ところが、近頃の安倍氏の発言は、このようなコンセンサスを揺るがしている。安倍氏は今後も北東アジア地域の国際関係を危機に陥れる要因であり続けるのではないか、との懸念が再浮上しているのだ。
米国の情報当局が、内部での情報調査研究に加えて、外部の専門家たちに研究を依頼することはしばしばある。今回は、北東アジア地域の状況が不安定なことから、米国政府高官たちは、経験豊富な政府外の専門家たちの協力を得ることが急務だと考えた。
中国と韓国では新たな政権が発足したばかりで、北朝鮮では若い金正恩氏が権力基盤を固めようとしている。まさにこの時期に、日本では安倍政権が誕生した。政府外の専門家たちは、このような複雑な問題に取り組むうえで、新鮮な見方を提供してくれる。
オバマ政権の主要なアドバイザーのひとりは、大阪市の橋下徹市長の問題発言は日本と世界の多くの人々を仰天させたが、「安倍氏は橋下氏とは違う」と表現している。しかし、安倍氏のこれまでの言動からすると、自らの信念をずっと棚上げし続けるかは不透明だ。実際、7月3日に行われた各党党首の討論会において、安倍氏は従来どおりの見解を示した。20世紀に日本が中国を侵略し、朝鮮半島に植民地支配を確立したと考えているかどうかについて、「判断は歴史家に任せるべき」だと述べた。
米政府関係者は大いに失望
こうした姿勢は、1995年の「村山談話」を全面的に踏襲する、という菅義偉官房長官の声明と矛盾する。「村山談話」では、日本は第2次世界大戦当時の行動について、はっきりと謝罪している。
中韓両国は直ちに反応した。韓国では外交部が声明を発表し、安倍氏のように一国のリーダーたる立場にある人が「歴史を軽視した」横柄な態度をとるのは「残念であり失望する」と述べた。中国では、外務省の報道官が、「日本の軍国主義が引き起こした侵略戦争」については「反駁の余地がないほどの証拠」がある、と述べた。そして最も重要なこととして、この報道官は、安倍氏のこの歴史観が広く行きわたるようになれば、「日本とアジア諸国との関係に明るい未来はない」と語った。
この成り行きは、米国政府関係者を大いに失望させた。彼らは、悪化した日韓政府間の関係を正常に戻し、日中間の緊張を緩和させようと、これまで渾身の努力を重ねてきたからだ。
たとえば、ジョン・ケリー国務長官は、先頃、ブルネイで開催されたASEAN地域フォーラムの会合において、韓国の尹炳世外相と日本の岸田文雄外相との会談を促した。その先にある目標は、安倍首相と朴槿惠韓国大統領との会談を実現することだ。
両国外相の会談の冒頭では、尹外相が4月に予定されていた東京訪問をキャンセルせざるをえなかったことに言及し、残念に思っていると述べたが、「理由は十分におわかりのはずだ」と指摘するのを忘れなかった。これは、4月初めの安倍首相の発言の中で、日本が前世紀に行った侵略と植民地化に関して、安倍氏が反省を欠いていることがまたしても明らかになったことと、同じ月に160名を超える自民党の国会議員が靖国神社を参拝したことを指して言ったものだ。
岸田外務大臣は村山談話に触れ、安倍政権は日本がかつて多大な危害を加え、損害を与えたとするこの見解を踏襲していると力説した。
中国に大きな外交的勝利を与えることに
ところがそのわずか数日後に、参議院選挙前の各党党首による討論の場において、安倍首相は自らの下にある外相の足をすくってしまった。この討論の中での安倍氏の発言は、日韓両国政府間の外交の行き詰まりを打開すべく、米国や日韓両国の外交担当者たちが何週間にもわたって懸命に取り組んできた努力を大きく損なった。朴槿惠大統領のアドバイザーたちは、「韓国の大統領は近いうちに安倍首相と会談するつもりはまったくない」と明言している。
米国政府関係者からも、安倍首相を警戒する声が強まっている。
ブルームバーグ・ニュースの主催により7月3日に開催されたパネルディスカッションにおいて、オバマ政権で高官としてアジア政策を担当し最近退任したカート・キャンベル氏は、安倍氏に対する失望を隠そうとしなかった。安倍氏は「歴史に関する独自の見解」を抱いており、「無用の緊張」を引き起こし、「必要もないのにこの地域を不安定化させている」と指摘した。
また6月26日には、ジョージ・W・ブッシュ政権に非常に大きな影響力を持っていた中国専門家のアーロン・フリードバーグ氏が東京で講演したが、同氏は、安倍氏の歴史観は日韓関係を傷つけており、それは「日米関係にもマイナスの影響を与えることになる」と深い懸念を示した。
フリードバーグ氏と同様にキャンベル氏も、安倍氏の歴史「修正主義的」見解が北東アジア地域を混乱させることになれば、中国に大きな外交的勝利を与えることになる、と警告している。
参院選後の安倍氏の動き
かつてホワイトハウスのアジア上級部長として、オバマ政権でキャンベル氏とともに仕事をしたジェフ・ベーダー氏は、新アメリカ安全保障センターが主催した最近のパネルディスカッションにおいて、オバマ政権が直面するジレンマについて語った。
ベーダー氏は安倍氏に対する失望を語るに当たり、一方で、安倍氏は日本が貿易や安全保障政策について「普通の国」になるために積極的な行動をとっていながら、他方で、「侵略を否定するような発言、靖国神社参拝、『慰安婦』性奴隷に関する橋下大阪市長のクレージーな発言があり、これらが今後の日本の安全保障に関する重要な議論をするうえで、考えうる最悪の環境を作り出している」と指摘した。もし安倍氏またはそのほかの日本人が歴史を否定し、そして「現在のずさんな対応が拡大するようならば、米国はより遠慮なく意見を述べることになる」とベーダー氏は述べた。
今のところ、米国は前面に出ようとせずに、事態の成り行きを静かに見守ろうとしている、とキャンベル氏は言う。CIAの委託を受けたシンクタンクの専門家たちがオバマ政権に提示した助言もこれと同じだった。
キャンベル氏は、米国の影響力には限りがあり、米国政府関係者が、安倍氏を公然と批判すれば逆効果となりかねず、結果として米国政府に対する怒りを生むのではないか、と懸念していると言う。
今後のポイントは、参議院選挙の結果を受けて、安倍氏がいったいどちらの側面を押し出してくるかだ。自民党が勝利すれば、安倍氏は勢いづいてナショナリスト的な主張に固執し、8月に靖国神社を参拝するのだろうか。もし安倍氏が靖国神社を参拝すれば、間違いなく米国政府はこれを批判的にとらえるだろう。
ボストン大学の日本専門家ウィリアム・グライムス氏は、米国が抱えるジレンマをこう表現している。
「安倍首相は、日本国内で力が強まれば強まるほど、自分の本来の主張、つまり安倍カラーを押し出す可能性が高まる。米国の立場からすると、安倍カラーは困りものだ。政治的な制約を受けずに安倍カラーを押し出せるようになれば、安倍氏は村山談話の修正をはじめとして、北東アジア地域の国際関係を困難にするような行動に出る傾向を強めかねない」。
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