文治5(1189)年
11月3日
・一条能保の飛脚が鎌倉に到着。既成事実の追認を迫られた後白河より、「泰衡追討」への満足の意と頼朝家人への恩賞付与の意志を伝える院宣が届く。これに応える形で、大江広元が頼朝の使として三回目の上洛を行なうこととなる。
11月8日
・前日の7日に頼朝より「基本的に恩賞は辞退する一方で、特に功のあった者への恩賞の実現には特別の配慮をするように」との指示を与えられた大江広元は、この日、鎌倉を出発。後白河以下朝廷の人々への進物となる龍蹄(りゆうてい、駿馬しゆんめ)百余疋(ひき)・鞍馬(くらうま)十疋・綿千両を携える。この日、広元に対して「諸人、餞送(せんそう)せざるなし」であった(『吾妻鏡』)。恩賞給付の実現を求める人々の広元への期待は大きい。
「因幡の前司廣元使節として上洛す。・・・葛西の三郎清重奥州所務の事を仰せ付けらるるに依って、還御の時供奉せしめず。彼の国に留まる所なり。仍って今日條々仰せ遣わさるる事有り。先ず国中今年は稼穡不熟の愁い有るの上、二品多勢を相具し、数日逗留せしめ給うの間、民戸殆ど安堵し難きの由聞こし食すに就いて、平泉の辺殊に秘計の沙汰を廻らし、窮民を救わるべしと。仍って岩井・伊澤・柄差、以上三箇郡は、山北方より農料を遣わすべし。和賀・稗貫両郡の分は、秋田郡より種子等を下し行わるべきなり。近日則ち沙汰有るべきと雖も、当時深雪たるに依って、その煩い有るべきか。明春三月中施行せらるべし。且つは兼日土民等に相触るべしてえり。・・・」(「吾妻鏡」同日条)。
11月13日
・藤原定家(28)、左近衛少将となる。
同16日、任少将祝賀に公衡・慈円・寂蓮等より歌を贈らる
慈円より祝歌
三笠山さかゆく君が道に又 花さきそふる今朝の白雪
定家より返歌
思ひやれ雪に花咲く三笠山 ならぶ梢(こずえ)をてらす朝日は
定家が撰進した『新勅撰集』に入れているこの時の母(美福門院加賀)の祝歌
定家、少将になり侍りて、悦申し侍りけるを見侍りて、あしたにつかはしける
三笠山みち踏みそめし月かげにいまぞこころの闇は晴れぬ
11月15日
・兼実の娘任子、三位(さんみ)に叙され、「任子」という名前が定められる。同日、入内雑事が定められ、兼実の側近である源季長らが家司(けいし)・職事(しきじ)に任じられる。
11月24日
・「定長卿條々の勅語を伝う。関東返上の国々の事なり。余所存を申しをはんぬ。恐れ有りと雖も、偏に愚忠を存ずるが故なり。」(「玉葉」同日条)。
11月28日
・兼実、任子の入内成功を祈り、藤原鎌足・不比等・道長という3人の先祖の墓に使者を派遣。兼実は、これは「入内の本意、只皇子降誕に在る」ためだと述べる。鎌足は「氏の始祖」、不比等は「我が氏王胤(うじおういん)出来(しゆつたい)し給ふ始め」、道長は「帝(みかど)の外祖(がいそ)」として一族に特別に繁栄をもたらした先祖であった。兼実は天皇の外戚として成功した先祖に祈り、自分もそのような先祖たちにあやかろうとした。
摂関家では頼通以降、養女が皇子を産んだり、娘が天皇の養母になることはあっても、実の娘が皇子を産むことは絶えていた。嫡流をめぐる基通との争いに敗れ、摂関としての正統性に乏しい兼実としては、外戚の地位は何としても手に入れたいもの。任子に皇子が生まれれば、摂関にして外戚という道長以来の立場に立つことができる。任子の入内は、兼実にとって一発逆転の大きなチャンスだった。
12月
・九条良経、雪十首の歌合を行う(権大納言良経雪十首歌会)。慈円・定家・寂蓮ら参加。以降定期的に和歌の会が開かれる。
・藤原定家(28)、女御入内につき月次御屏風和歌三十六首・泥絵屏風歌二首を詠ず。『文治六年女御入内和歌』。女御は、兼実女任子。
12月6日
・「泰衡追討」に対する勧賞を行なう旨の後白河院宣が鎌倉に届く。
12月6日
・九条兼実に太政大臣に任命する宣旨。定家、勅使良経に供奉。
12月9日
・頼朝、「且つは数万の怨霊を宥め、且つは三有の苦果を救わんが為」、平泉中尊寺の大御堂を模して永福寺(ようふくじ)の建立開始(「吾妻鏡」同日条)。
12月11日
・定家、兼実姫君の日吉社参詣に供奉。
12月14日
・九条兼実(41)、太政大臣就任。藤原定家(28)、兼実の参内に供奉
12月14日
・延暦寺衆徒ら、座主全玄を放逐。
12月23日
・泰衝の遺臣大河兼任、出羽で挙兵。24日、頼朝、工藤行光・由利惟平に大河兼任追討命令。(「吾妻鏡」同日条)
「奥州の飛脚、去る夜参じ申して云く、予州ならびに木曽典厩子息及び秀衡入道の男等の者有り、各同心合力せしめ、鎌倉に発向せんとするの由、謳歌の説ありと云々。」(「吾妻鏡」同日条)。
12月25日
・頼朝、明年参洛の意思表示。
「奥州を討ち平らげをはんぬ。今においては見参に罷り入るのほか、今生の余執なし、明年に臨みて参洛すべし」(「吾妻鏡」同日条)。
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