昨年撮ったものですが・・・。
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①②:「日米和親条約締結の地」碑。神奈川県庁近くにある「横浜開港資料館」(昭和6年建築の旧イギリス領事館)横の「開港広場」にあります。
③:同じく「開港広場」にある旧居留地に設置されていた大砲。
④:「開港広場」に隣接する横浜海岸教会。
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嘉永6年(1853)7月、ペリー率いるアメリカ東インド艦隊(軍艦4隻)が三浦半島沖に出現、久里浜海岸で開港要求国書が幕府に手交される。翌年2月、ペリーは予言通り再び来航、開国交渉が久良岐郡横浜村字駒形(現、神奈川県庁付近)で行われ、3月31日、日米和親条約12ヶ条が調印される。碑はこの条約締結地を示すもの。
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「開国150周年」というのは、その後、安政5年(1858)6月19日に日米修好通商条約が結ばれた時点を起点としたものです。見方を変えれば、不平等条約を結ばされた「屈辱」記念でもある訳ですが・・・。
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明治4年(1871)、バラとブラウンというアメリカ人宣教師が、石造りの小教会を建て、翌年、彼らの下に集まった青年11人によって日本最初のプロテスタント教会である日本基督公会が組織される。ついで1875年、ここに大会堂が建設され、これを「横浜海岸教会」と称する。
1879年、この教会で日本人による最初のクリスマスミサが行われる。
関東大震災では大小両会堂ともに崩壊するが、昭和8年(1933)、宮内省技師雪野元吉の設計で再建され、現在に至る、とのことです。
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