一葉日記抄 明治24年(1891)10月4日(19歳)の後を続けます。
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一葉の文章修業と、妹と行った十五夜の月見の様子が書かれている部分です。
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(読み易さの為、改行を施す)
10月7日
「七日快晴。午前、髪すましぬ。
弔午後より文机に打むかひて、文どもそこはかとかいつゞくるに、心ゆかぬことのみ多くて、引さき捨引さき捨することはや十度にも成ぬ。いまだに一篇の文をもつゞり出ぬぞいとあやしき。
早うものし初たるなむ師の君(*中島歌子)に一回丈添刪を乞いたるあり。そがつゞきをつゞらぼやと思ふに、我ながらおもしろからで、かうは引やりつるなれどさてしはつべきならねば別に趣向をもうけなどして又つゞり出るに、夫もこれもいとったなし。
昔し今の名高さ物語も小説もみる度に我筆我ながらかなしう成て、はてはては打も捨まほしけれど、中々に思ひ初つることえやむまじきひが心にをこがましけれど、又つゞしり出ぬ。あさて迄にはかならず作りはてん。
これ作りはてねば死なんとおもふも心ちいさしと笑ふ人はわらひねかし」(「蓬生日記」)
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午前中に髪を結い、午後、書きものを続けるが、思うように書けず、破り捨てること10回に及ぶ。まだ一つの作品も出来ないのは情けない、と思う。
中島歌子先生に添削してもらったものの続きを書こうとするが、うまく書けず、こんなに破り捨てている。
これではいけない、別の構想を考え直して書き出すものの、どれもつまらない。
古今の有名な物語・小説を見る度に、自分の文章のまずさに悲しくなり、全部捨ててしまいたいと思うが、思いをかけてきた文学を断ち切ることが出来ない。身の程知らずであるが、また物を書き続けている。明後日までには必ず書きあげよう。
これを書きあげる事が出来ないなら、いっそ死んでしまおうと思う。気が小さいといって笑う人は、どうぞ笑って下さい。
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10月8日
「八日快晴。午前清書、午後作文。『十八史略」及び『小学』を読む。・・・」
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10月17日
「十七日 ・・・
今宵は旧菊月十五日なり。空はゞみ渡す限り雲もなくて、くずの葉のうらめづらしき夜也。
「いでや、お茶の水橋の開橋になりためるを、行みんは」など国子にいざなはれて、母君も、「みてこ」などの給ふに、家をば出ぬ。
あぶみ坂登りはつる頃、月きしのぼりぬ。
軒はもつちも、たゞ霜のふりたる様にて、空はいまださむからず、袖にともなふぞおもしろし。
行々て橋のほとりに出ぬ。
するが台のいとひきくみゆるもをかし。
月遠しろく水を照して、行かふ舟の火かげもをかしく、金波銀波こもごもよせて、くだけてはまどかなるかげ、いとをかし。
森はさかさまにかげをうかペて、水の上に計(バカリ)一村(ヒトムラ)の雲かゝれるもよし。
薄霧立まよひて遠方ほいとほのかなるに、電気のともし火かすかにみゆるもをかし。
「いざまからん」と計(バカリ)いひて、かくもはなれ難きぞ、いとわりなき。
「またかゝる夜いつかはみん」など語りつれつゝ、するが台より太田姫いなりの坂を下りてくるほど、下よりのぼりくる若人の四たり計、衣はかんにて出立さはやかに、折にふれたるからうたずんじくる。
「哀(アワレ)、おの子ならましかば、我もえたえぬ夜のさまよ」とて国子のうら山しげにいふもをかし。・・・」
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旧暦9月の十五夜の日。快晴。お茶の水橋が開通になったそうなので、それを見に行こうと妹の邦子に誘われ、母も「見ておいで」と云うので、家を出た。
鐙坂を登り切る頃、月が出た。
軒も地も一面に霜が降りたように真っ白で、空気はまだ寒くなく、月が一緒に連れだって歩くのも面白い。
月光は白く川を照らし、行き交う舟の灯が水に映り、金波銀波がよせてはくだけ、安らかな光も大そう美しい。
森はさかさまに姿を映し、水の上だけ雲がかかるのもよい。
薄霧が所々に立ち、遠方は電灯の灯がぼんやりとかすかに見えるのも面白い。
もう帰ろうと言いながらも立ち去り難いのもやむをえない気がする。
二度とこんな美しい夜景を見る折があるだろうかなどと、話しながら、駿河台から太田姫稲荷の坂をおりてくると、下から登ってくる青年四人ばかりに出逢う。
着物は簡素でさっぱりとして、漢詩を吟じながら来るのがこの情景にぴったりした感じでした。
「あゝ、私も男だったらなあ。女であっても黙っていられない程の夜景ですよ」と、邦子が羨ましそうに言うのも面白い。・・・
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月の描写、唸るくらいの美文である。
(美文過ぎるのかもしれない。)
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お茶の水橋は、それまでは渡し船であったのが、明治23年に架橋されたそうだ。
(但し、現在のお茶ノ水橋は、大震災の復興事業で架けられたもの)
この地点は、駿河台というだけあった高台になっており、月見の場所でもあったと思われる。
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2歳年下の妹邦子の感想も面白い。
女3人の家族。貧乏であっても明るく生きている様子が窺える。
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10月20日
「廿日 晴。何事もなし。図書館に行。」
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10月21日
「廿一日 晴。同。」
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「★一葉インデックス」 をご参照下さい。
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