2016年4月28日木曜日

雪崩のとき  (石垣りん 『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』) ; 平和 永遠の平和 平和一色の銀世界 そうだ、平和という言葉が この狭くなった日本の国土に 粉雪のように舞い どっさり降り積っていた。

鎌倉 長谷寺 2016-04-28
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雪崩のとき   石垣りん


人は
その時が来たのだ、という

雪崩のおこるのは
雪崩の季節がきたため と。

武装を捨てた頃の
あの永世の誓いや心の平静
世界の国々の権力や争いをそとにした
つつましい民族の冬ごもりは
色々な不自由があっても
また良いものであった。

平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなった日本の国土に
粉雪のように舞い
どっさり降り積っていた。

私は破れた靴下を繕い
編物などしながら時々手を休め
外を眺めたものだ
そして ほっ、とする
ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
世界に覇を競う国に住むより
このほうが私の生きかたに合っている
と考えたりした。

それも過ぎてみれば束の間で
まだととのえた焚木もきれぬまに
人はざわめき出し
その時が来た、という
季節にはさからえないのた、と。

雪はとうに降りやんでしまった、
降り積った雪の下には
もうちいさく 野心や、いつわりや
欲望の芽がかくされていて
”すべてがそうなってきたのだから
仕方がない”というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそって
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がってくるのが
それが近づいてくるのが

私にはきこえる
私にはきこえる。
           (1951年1月 詩人31歳)     


  第一詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』(1959年12月)









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