鎌倉 妙本寺 2016-04-19
*球を蹴る人
- N・Hに - 茨木のり子
二〇〇二年 ワールドカップのあと
二十五歳の青年はインタビューに答えて言った
「この頃のサッカーは商業主義になりすぎてしまった
こどもの頃のように無心にサッカーをしてみたい」
的を射た言葉は
シュートを決められた一瞬のように
こちらのゴールネットを大きく揺らした
こどもの頃のサッカーと言われて
不意に甲斐の国 韮崎高校の校庭が
ふわりと目に浮ぶ
自分の言葉を持っている人はいい
まっすぐに物言う若者が居るのはいい
それはすでに
彼が二十一歳の時にも放たれていた
「君が代はダサいから歌わない
試合の前に歌うと戦意が削(そが)れる」
<ダサい>がこれほどきっかりと嵌(はま)った例を他に知らない
やたら国歌の流れるワールドカップで
私もずいぶん耳を澄したけれど
どの国も似たりよったりで
まっことダサかったねえ
日々に強くなりまさる
世界の民族主義の過剰
彼はそれをも衝(つ)いていた
球を蹴る人は
静かに 的確に
言葉を蹴る人でもあった
『茨木のり子集 言の葉3 』(2002年10月 筑摩書房)
詩人76歳
NHは韮崎高校出身の有名なサッカー選手
埋没しない人なんだなと再確認した
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