鎌倉 大巧寺 2016-04-19
*この失敗にもかかわらず 茨木のり子
五月の風にのって
英語の朗読がきこえてくる
裏の家の大学生の声
ついで日本語の逐次訳が追いかける
どこかで発表しなければならないのか
よそゆきの気取った声で
英語と日本語交互に織りなし
その若々しさに
手を休め
聴きいれば
この失敗にもかかわらず・・・・・
この失敗にもかかわらず・・・・・
そこで はたりと 沈黙がきた
どうしたの? その先は
失恋の痛手にわかに疼きだしたのか
あるいは深い思索の淵に
突然ひきずり込まれたのか
吹きぬける風に
ふたたび彼の声はのらず
あとはライラックの匂いばかり
原文は知らないが
あとは私が続けよう
そう
この失敗にもかかわらず
私もまた生きてゆかねばならない
なぜかは知らず
生きている以上 生きものの味方をして
第六詩集『寸志』(1982年12月 花神社)
詩人56歳
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