2012年8月4日土曜日

原発を推進してきたこの国は『原発バブル』と呼んでもいい(城南信用金庫理事長・吉原毅)

毎日JP
特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 城南信用金庫理事長・吉原毅さん
毎日新聞 2012年08月03日 東京夕刊

<この国はどこへ行こうとしているのか>

◇「お金は麻薬」戒めに−−城南信用金庫理事長・吉原毅さん(57)
経団連の米倉弘昌会長が、政府のエネルギー・環境政策の基本方針に「脱原発依存」が盛り込まれたことに、猛反発したと伝えられた。米倉氏や経団連役員は、防護服を着て、線量計の針が振り切れるほど放射線量が高い地を歩いたことはあるのだろうか。

この人は、ある。

昨年4月に「脱原発宣言」を発表した城南信用金庫(東京都品川区)の吉原毅理事長。昨年11月14日、東京電力福島第1原発事故で立ち入り禁止となった警戒区域内に入った。

東日本大震災で被災したあぶくま信用金庫(福島県南相馬市)が内定の取り消しをせざるを得なかった採用予定者を、城南信金が採用した。その報告に福島を訪れた時のことだ。あぶくま信金の支店調査に同行して目にしたのは、「3・11」から時間が止まったままの、人の姿が全く見えない町だった。

大地震、津波では命を失わなかったのに、動けず、原発事故の避難命令で助けも来ず、餓死などで亡くなった方もたくさんいるとお聞きしました。『福島の原発事故による放射能の影響で亡くなった人は一人もいない』と言った電力会社社員がいましたが、とんでもないことです。現代人は、先祖代々のふるさとを喪失してしまったことの罪の重さ、未来の子供たちへの責任を分かっていない

白い防護服を身にまとい、原発から約3・5キロ、うっすらと建屋が望める場所に立った時のことだ。「線量計の針が振り切れるほど反応し、ビーッという音が響いた」

だが、不思議と海岸近くに移動すると線量計の値は下がった。「放射性物質が風で流れたベルト地帯があるんだと分かりました。あぶくま信金の方に『東京に流れていたら、東京も同じ状況だったかもしれませんね』と言われました。この時、東京はたまたま直撃を免れただけなのかもしれないと気がついた」

「東京の水道水が飲めない状況になり、都民や周辺住民も被ばく者になってしまった。それなのに政府から正確でスピーディーな情報はなかった」。射ぬくような視線で話す吉原さんの語りは止まらない。怒りからなのか、「原発」という単語には力を込める。

「原発を適切に管理し、国民の生命安全を守れるようコントロールするだけの力が、東電、そして政府にはなかった。東電、政治家、そしてマスコミに至るまで、その事実から目を背けてきた。原発を使う資格はもはやないんですよ

吉原さんは脱原発論者ではなく、「原発はクリーンエネルギーと思っていた」。原発事故でその思いは改めたが、事故後も「脱原発」の声はにわかには広がらず、「呪縛」という言葉が浮かんだ。

「それほど原子力ムラの力はすごいのか。調べてみると、立地自治体への補助金、研究機関への研究費の助成、マスコミへの広告費……さらに巨額の資金が、原発関連事業に流れて原発が維持されてきた。原発は、事故の危険性や放射性廃棄物などツケを将来に回す仕組みなのに、メガバンクはなぜ融資するのでしょうか。国が保証しているからです。お金によってこの国は支配されている

いすの肘掛けをこぶしでコツコツとたたきながら、一気に続けた。「お金が人の心を狂わせ、暴走させ、止まらなくなる。価値がないのに価値があると思い込んでしまう。だから原発を推進してきたこの国は『原発バブル』と呼んでもいい

城南信用金庫は、東京都内と、神奈川県の一部に85店舗を持つ。信金業界では2位の大手だが、経済界全体から見れば、無論、力は大きくない。それでも発言を続けてきた。

「地域に貢献する仕事」を目指して就職した吉原さんは当初、「銀行の小さいのが信金」というイメージを抱いていた。だが、支店勤務後に本店企画部に配属され、故小原鉄五郎・元会長の身近で働き、考えが変わった。明治生まれの小原さんから伝えられたのは「お金は麻薬だよ。貸すも親切、貸さぬも親切」という戒めだった。金融機関は、顧客の採算性や将来性を考えて融資をしなければならない。顧客に過剰に融資をするばかりでは、かえって顧客を不幸にする−−という教えだ。「信用金庫は地域を守って地域の人たちの幸せに貢献するための企業。金もうけが目的の銀行に成り下がってはいけない」と教えられた。同金庫は、バブル期にも土地や株式の値上がりを見込んだ投機性の高い事業への融資はせず、痛手を受けなかった。

原発事故後、小原さんの言葉を胸に、吉原さんはこう考えた。「節電を脱原発につなげていこう。目の前の利益を優先し、『脱原発』と言えない経済界に警鐘を鳴らすのは我々の仕事だ」。昨年4月、城南信金のホームページで「原発に頼らない安心できる社会へ」と題したメッセージを掲載した。「省電力、省エネルギー、代替エネルギーの開発利用に少しでも貢献する」と掲げ、脱原発に向けた11項目の取り組みを提示した。

実践として、今年1月、東電との契約を打ち切り、特定規模電気事業者(PPS)の最大手「エネット」(東京都港区)から電気を購入し始めた。省電力の設備投資をする顧客には金利を優遇するローンや、定期預金金利を上乗せする「節電プレミアム預金」などを開発した。地元企業や個人から「よく言ってくれた」と多数賛同が寄せられた。経済界からは反発もない代わり、西川善文・元三井住友銀行頭取の賛意を除き、ほとんど反応はなかった。

「大事故などを起こしてきた企業の経営者は責任を取って辞任し、ゼロからスタートするのが当然です。だが東電は誰もはっきりと責任を取っていない。そんな企業に融資するのは問題だ」。東電の勝俣恒久前会長に至っては、日本原子力発電の社外取締役に天下りした。「東電を認めてしまったら私も『同じ考えなんだ』と思われる。東電と同類と思われたくありません」

官邸前の反原発デモや、7月16日に東京・代々木で行われた「さようなら原発10万人集会」に参加した。野田政権は7月に入って、関西電力大飯原発3号機、4号機を相次いで再稼働させた。

「国会議員に原発問題を考え直してもらいたいと国民が声を上げているのにもかかわらず、政府に国会がただ従っている。国政が全く信頼されていないという危機、民主主義の危機です。このままでは、この国の行方は分からない

一信金の脱原発宣言−−。吉原さんは、小説「ドン・キホーテ」の主人公なのだろうか? 原発事故から約1年5カ月。まだ、城南信金に続く金融機関は出てこない。それでもなお、「脱原発」を企業が宣言した意義は大きいと信じたい。【瀬尾忠義】
==============
「特集ワイド」へご意見、ご感想を
t.yukan@mainichi.co.jp
ファクス03・3212・0279
==============
■人物略歴
◇よしわら・つよし
1955年生まれ。77年に慶応大経済学部卒、城南信用金庫に就職。企画部長、業務本部長などを経て、2010年に理事長に就任。中部電力浜岡原発の廃止などを求める訴訟の原告団にも加わっている。
*
*




0 件のコメント: