瞳 茨木のり子
ぼくらの仕事は 視ている
ただ じっと 視ていることでしょう?
晩年の金子光晴がぽつりと言った
まだ若かったわたしの胸に それはしっくり落ちなかった
視ている ただ視ているだけ?
なにひとつ動かないで? ひそかに呟いた
今頃になって沁みてくる その深い意味が
視ている人は必要だ ただじっと視ている人
数はすくなくとも そんな瞳(め)が
あちらこちらでキラッと光っていなかったらこの世は漆黒の闇
でも なんて難しいのだろう 自分の眼で
ただじっと視ているということでさえ
第七詩集『食卓に珈琲の匂い流れ』(花神社、1992年12月)
詩人66歳
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