東京 江戸城(皇居)東御苑 2012-06-14
*ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(12)
「序章 ブランク・イズ・ビューティフル - 三〇年にわたる消去作業と世界の改変 -」(その1)
「衝撃と恐怖」とは、一般市民はもとより、危険視されている社会の特定勢力あるいは指導者たちの間に、理解しがたい恐怖、危機感、破滅を引き起こす軍事作戦である。また、竜巻、ハリケーン、地震、洪水、制御不能の大火事といった自然災害や、飢饉や病気蔓延の際にも、「衝撃と恐怖」作戦が適用されることがある。
- 対イラク戦におけるアメリカの軍事政策『衝撃と恐怖 - 迅速な支配を達成するために』
「これでニューオーリンズの低所得着用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。われわれの力ではとうてい無理だった。これぞ神の御業だ」
ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲った直後の二〇〇五年九月、ルイジアナ州バトンルージュへ赴いた私は、赤十字が設置した巨大な避難施設でジャマール・ペリーと知り合った。・・・
州都バトンルージュの避難施設・・・。このだだっ広いコンベンション・センターは、・・・今や一大避難所と化し、二〇〇〇人分の簡易ベッドがところ狭しと並んでいた。
疲れ果てて怒りに満ちた被災者の間を、イラク戦線から戻ったばかりのぴりぴりと気の立った州兵たちが見回っていた。
その日、避難施設の被災者の間で話題となっていたのは、ニューオーリンズ選出の有名な共和党下院議員リチャード・ベーカーがロビイストたちに向けて語った言葉だった。
「これでニューオーリンズの低所得着用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。われわれの力ではとうてい無理だった。これぞ神の御業だ」。
ニューオーリンズ屈指の不動産開発業者ジョゼフ・カニザーロも、これとよく似た意見を述べていた。
「私が思うに、今なら一から着手できる白紙状態にある。このまっさらな状態は、またとないチャンスをもたらしてくれている」。
その週からバトンルージュのルイジアナ州議会には、このビッグ・チャンスを逃すまいと企業ロビイストたちが群がり始めていた。彼らロビイストたちが州議会を通そうとしていたのが、減税、規制緩和、低賃金労働力、そして「より安全でコンパクトな都市」の構想だった。
要するに公営住宅の再建計画を潰してマンションを建設しようという案だ。
「新たなスタート」やら「白紙の状態」といった言葉を耳にしていると、有毒性の残骸物や化学物質の流出といった問題、そして数キロメートル先にいまだ被災者が取り残されている現実も忘れそうになる。
「まさに悲劇と言うしかない。だが、これは教育システムを抜本的に改良するには絶好の機会でもある」(フリードマン)
自由放任資本主義推進運動の教祖的存在で、・・・今日のグローバル経済の教科書を書いた功績で知られる経済学者ミルトン・フリードマンも、ニューオーリンズの水害をまたとないチャンスとみなした一人である。・・・このときすでに九三歳・・・。
ハリケーン災害から三カ月後、フリードマンは 『ウォールストリート・ジャーナル』紙の論説にこう書いている。
「ハリケーンはニューオーリンズのほとんどの学校、そして通学児童の家々を破壊し、今や児童生徒たちも各地へと散り散りになってしまった。まさに悲劇と言うしかない。だが、これは教育システムを抜本的に改良するには絶好の機会でもある」
フリードマンが提唱した抜本的改革案というのは : 教育バウチャー制度
フリードマンが提唱した抜本的改革案というのは、政府は現存の公立校システムを再建・改良することに何十億ドルの金を注ぎ込む代わりに、ニューオーリンズ市に教育バウチャー制度を導入すべきだ、というものだ
〔「バウチャー制度」とは義務教育の学校運営に市場競争原理を持ち込み、私立校にも公的援助金を支給することで教育の競争を図り、学力の質の低下を防ごうという試みで、一九五五年にフリードマンが提唱〕。
子どものいる家庭には政府発行の利用券(バウチャー)が配られ、保護者はこれを使って子どもを私立学校(その多くは営利追求型)に通わせることができる。学校にはこれに応じて公的補助金が支給されるという仕組みである。
これを機に、教育改革を一時しのぎの対策にとどめることなく”恒久的改革”として取り組むべきだ、とフリードマンは説いた。
ブッシュの支持と資金提供
右派シンクタンクの各団体はここぞとばかりにフリードマンの提案に飛びつき、災害後のニューオーリンズ市に押し寄せた。
ブッシュ(息子)政権もまたこのアイディアを支持し、同市の学校システムを、民間団体が公的資金によって学校を設置して自ら定めた方針や規則に従って運営する「チャーター・スクール」に切り替えるべく、何十億ドルという政府資金を提供した。
今日、チャーター・スクール制度は全米の教育現場に深い亀裂を生んでいるが、それがもっとも顕著なのがニューオーリンズである。
アフリカ系アメリカ人の多くの父母は、かつての公民権運動によって勝ち取った「すべての子どもが平等に義務教育を受ける保証」がこれによってくつがえされてしまうのでは、と危倶する。
片やフリードマンは、州政府が運営する学校システムという概念そのものが社会主義の臭いがする、と一蹴する。
彼の説によれば、州政府が果たすべき役割はただひとつ、「国外の敵から、そして州外のわが同胞市民から、当州民の自由を守り、治安を維持し、民間の随意契約を強化し、市場競争を促進させること」にあるという。
言い換えれば、州政府は治安維持のための警察と兵力を持つだけでいい、無料公教育を含むそれ以外のすべては自由市場を妨害する不正行為にあたる、というわけだ。
災害復旧は遅々として進まないなか、公教育の民間運営移行は完了
水害の修復や電気の復旧が遅々として進まずにいたニューオーリンズだが、そのスローペースとは対照的に、学校システムの売り渡しは軍隊並みのスピードと手際の良さで推し進められていった。
災害から一年七カ月後、貧しい市民の多くがまだ避難生活を送っていたにもかかわらず、同市の公教育システムは民間運営のチャーター・スクールへの移行をほぼ完了させていた。
ハリケーン・カトリーナに見舞われる以前、同市の学校区には一二三の公立校があったが、今やそれが四校にまで激減し、以前は七校しかなかったチャーター・スクールは三一校にまで増えた。
災害前、ニューオーリンズの教員たちは強固な教職員組合を組織していたが、このどさくさで組合の契約規定は破棄され、四七〇〇人の組合員数師の全員が解雇される結果となった。
若手教員のなかには前より安い給与でチャーター・スクールに職を得た者もいたが、ほとんどの教師は職を失った。
「チャーター・スクール採用拡大の実験場」、「教育現場の強奪」
こうして変貌したニューオーリンズを、『ニューヨーク・タイムズ』紙は「今や全米でも注目すべきチャーター・スクール採用拡大の実験場」とし、フリードマン経済学を信奉するシンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所は「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを(中略)ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」と嬉々とした口調で報告した。
その一方、本来なら被災者救済に割り当てられるべき金が公教育制度の解体と民間運営への移行に転用されていくのを目撃した公立校教師たちは、フリードマンの改革案を「教育現場の強奪」と呼んではばからなかった。
「惨事便乗型資本主義(ディザスター・キャピタリズム)」
壊滅的な出来事が発生した直後、災害処理をまたとない市場チャンスと捉え、公共領域にいっせいに群がるこのような襲撃的行為を、私は「惨事便乗型資本主義(ディザスター・キャピタリズム)」と呼ぶことにした。
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