2012年1月29日日曜日

嘉祥4年/仁寿元年(851)~仁寿4年/斉衡元年(854) 慢性化する農民の浮浪と逃亡 疱瘡流行

京都 東寺(2012-01-25)
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嘉祥4年/仁寿元年(851)
1月27日
・諸国の諸神に正六位上を授ける。
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2月13日
・清涼殿を移し伏見嘉祥寺の堂とする。
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2月23日
・故仁明天皇皇子常康親王、出家。
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2月24日
・故仁明天皇女御藤原貞子、出家。
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4月28日
・「仁寿」に改元
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6月5日
・畿内諸国の水害被災者に賑給。
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8月15日
・京中の水害被災者に賑給
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仁寿2年(852)
2月8日
・滋野貞主(68)、没。
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閏8月16日
・京中の風害被災者に賑給。
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12月22日
・小野篁(51)、没。
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仁寿3年(852)
この年
・8世紀後半以降、農民の浮浪と逃亡は慢性化
この年の頃、美濃国では班田を実施しても、浮浪人には土地を分与していない。
飢えに苦しむ農民にとっては、目先に権門寺社の庄園や豪族の農業経営が、かれらの遁入を待っていることを心得ており、逃亡は一層激しさを加える。
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2月
・この月、疱瘡流行。
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2月14日
・文徳天皇、梨本院に移る。
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2月30日
・文徳天皇、右大臣藤原良房第に行幸。花見
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4月
・疫病のため大赦し、承和10年以前の調庸未進を免じ、雑徭10日を免じる。
この年、赤斑瘡(あかもがき、麻疹)が流行。
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4月18日
・仁明天皇皇子成康親王(17)、疱瘡の為没。(母:女御藤原貞子)
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4月25日
・疱瘡流行の為、賀茂祭が中止。
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4月26日
・疱瘡流行の為、調庸の未進を免じる。医薬を賑給。
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5月4日
・陸奥・常陸・上総・下総・相模・上野諸国において一切経を書写。
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5月13日
・大宰府に観音寺・弥勒寺・管内国分寺において大般若経読経を命じる。
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5月22日
・美濃国の疱瘡患者に2,100斛を賑給。
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5月25日
・故橘逸勢に従四位下を追贈。
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8月1日
・右京で火災。
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12月8日
・災害鎮静の為、諸国国分寺・国分尼寺において陰陽書法を行わせる。 
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仁寿4年/斉衡元年(854)
この年
・左大臣源常、没。藤原良房が首班の地位につく。
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2月13日
・災疫退散を願い、大和国において灌頂経法を行う。
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4月
・円仁、天台座主となる。
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・この月、奥郡の騒乱に関する記事が見える(『日本文徳天皇実録』)。
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4月13日
・文徳天皇、梨本院より冷然院に移る。
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426日
仁明天皇皇太夫人藤原明子が皇太后に、淳和天皇皇后正子内親王が太皇太后となる。 
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4月28日
陸奥国で兵士が逃亡、叛乱。
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11月30日
斉衡に改元
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