2013年4月18日木曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(68) 「第6章 戦争に救われた鉄の女-サッチャリズムに役立った敵たち-」(その4)

江戸城(皇居)二の丸庭園 2013-04-18
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ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(68) 
「第6章 戦争に救われた鉄の女-サッチャリズムに役立った敵たち-」(その4)

ショック・ドクトリンの本質(フリードマン『資本主義と自由』)
 ミルトン・フリードマンは、一九八二年、『資本主義と自由』序で、ショック・ドクトリンの本質をつく影響力の大きい一節を書いた。

「現実の、あるいはそう受けとめられた危機のみが、真の変革をもたらす。
危機が発生したときに取られる対策は、手近にどんな構想があるかによって決まる。
われわれの基本的な役割はここにある。
すなわち既存の政策に代わる政策を提案して政治的に不可能だったことが政治的に不可避になるまでそれを維持し、生かしておくことである」。

新しい民主主義の時代において、この言葉はフリードマンの提唱する改革にとってのスローガンとなる。
アラン・メルツァーはこう解説する。
「構想というのは、危機の際に変化の触媒となるために控えている選択肢のことだ。フリードマンの功績は、そうした構想を正統な理論として十分耐えられるものにし、チャンスが到来したときに試す価値のあるものにする、その道筋を示してみせたことにある」

危機とは民主主義から開放された「フリーゾーン」である
 フリードマンの念頭にあった危機とは、軍事的なものではなく経済的なものだった。
通常の状況では、経済的決断は競合する利害同士の力関係に基づいて下される。
労働者は職と賃上げを要求し、経営者は減税と規制緩和を求め、政治家はこうした対立する勢力間のバランスを保とうとする。
しかし、通貨危機や株式市場の暴落、大不況といった深刻な経済的危機が勃発すると、他のことはすべてどこかへ吹き飛び、指導者は国家の緊急事態に対応するという名目のもとに必要なこと(あるいは必要とされること)はなんでもできる自由を手にする。
危機とは、合意や意見の一致が必要とされない、通常の政治にぽっかりあいた空隙-言わば民主主義から解放された”フリーゾーン”なのだ。

「危機仮説」
 市場の暴落が革命的変革にとっての触媒となるという考え方は、極左思想においては長い歴史を持つ。
なかでも有名なのは、ハイパーインフレは通貨の価値を破壊し、それによって大衆は資本主義そのものの破壊へと一歩近づく、というボルシェビキの理論である。
ある種の党派的な左翼が、資本主義が「危機」に陥る条件を厳密に割り出そうとしたり、福音派キリスト教徒が「携挙(ラプチャー)」の兆候を見きわめようとしたりするのも、この理論で説明がつく。
この左翼理論が八〇年代半ば、シカゴ学派の経済学者に注目されたことで力強い復活を遂げる。
市場の暴落が共産主義革命を促進するのと同様、これを右翼の反革命の起爆剤にもすることができると彼らは主張した。
のちに「危機仮説」と呼ばれるようになる理論である。

 フリードマンの危機への関心には、世界大恐慌後の左派の勝利から学ぼうという明らかな姿勢があった。
株式市場が暴落したとき、それまでほとんど注目されていなかったケインズとその弟子たちが、ニューディールという解決法を携えて登場してきた。
七〇年代から八〇年代初めにかけて、フリードマンとその企業スポンサーたちはこれを真似しようと試みた。
彼らは多大な労力を注ぎ込んでヘリテージ財団やケイトー研究所を含む新しい右派シンクタンクのネットワークを築き上げ、フリードマンの見解を広めるのにまたとない有効な手段として、PBS(公共放送サービス)の連続一〇回テレビシリーズ「選択の自由」を制作した。
そのスポンサーにはゲツティ・オイル、ファイアストン・タイヤ・アンドエフバー、ペプシコ、ゼネラル・モーターズ、ベクテル、ゼネラル・ミルズなどそうそうたる大企業が名を連ねている。
次に危機が到来したとき、新しい理念と解決法を携えて登場するのはシカゴ・ボーイズだと、フリードマンは心に決めていた。

 八〇年代初頭にフリードマンが最初に危機理論を打ち出した当時、アメリカ経済は高いインフレ率と失業率という二重苦を抱えて景気後退に陥っていた。
政府内では当然、シカゴ学派の政策(この時点ではレーガノミクス)が幅を利かせていたが、さしものレーガンも、フリードマンがかつてチリで処方し、ふたたび実施したいと夢見る容赦ないショック療法の導入には二の足を踏んだ。

フリードマン危機理論の実験場は、またしてもラテンアメリカ
 フリードマンの危機理論の実験場となるのは、またしてもラテンアメリカの国だった。
そして今回、その道を開いたのはシカゴ・ボーイズではなく、新しい民主主義の時代によりふさわしい新しいタイプの”ショック博士”たちだった。
(第6章おわり)
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