2014年12月10日水曜日

昭和18年(1943)6月1日~10日 「中央公論」への攻撃 「朝、ラジオで徳富蘇峰の講演あり。・・・この曲学阿世の徒!この人が日本を謬(あやま)ったこと最も大なり。」(清沢『暗黒日記』) 戦艦「陸奥」、柱島泊地で原因不明の爆沈(死者771)  

江戸城(皇居)東御苑 2014-12-09
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昭和18年(1943)
6月
・奔敵(逃亡)の事例(昭和19年8月陸軍省作成「軍紀風紀上等要注意事例集(昭和18年1月28日陸密第255號別冊第8號)」)。
現役兵が逃走離隊2度繰り返し懲罰処分を受け、その後も不寝番勤務を怠ったのを発見され、担当の自動車部品不足を再三注意され、奔敵を決意、中隊長の軍服を窃取・着用して自動貨車を操縦し逃走。
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・「中央公論」への攻撃。
「中央公論」7月号、刷り上がるが陸軍報道部の強迫によって休刊。報道部への出入り禁止。編集部更迭。1ヶ月休刊。また、中央公論社がスポンサーの学術団体「国民学術協会」哲学講演会講師に三木清がいるとの理由で、軍の圧力で取り止めとなる。
「昭和十八年六月三十日(水) 雑誌を休刊した影響はなかなか大きく、それが却って陸軍を硬化させたらしい。社長を替えるのきつの目的らしいが、もし、そういう場合になれば、自爆あるのみと、鳩中君は決意を語っている」(清沢洌「暗黒日記」)
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・海軍、海防艦を建造緩急順位1位として建造を決定。
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・三菱汽船、独立。
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・映画興行時間、2時間に制限が短縮。
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・学生生徒の自由な映画観覧を禁止。
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・平野謙「青春と文学」
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・小林秀雄(41)、林房雄と満州・中国を旅行。「実朝(3)」(『文学界』)。筑摩書房『ヴァレリイ全集』第10巻でヴァレリイ「アルベエル・チボオデ追悼」「ジャック・リヴィエール追悼」を訳出。
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・フランス、サルトル戯曲、シャルル・デュラン演出「蝿」上演。シテ劇場(旧サラ・ベルナール劇場)。ドイツ占領軍向け新聞・地下運動「フランス文学」双方から賞賛。
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・イギリス、ポーランド亡命政府シコルスキ最高司令官、国内軍司令官グロト・ロヴェツキにポーランド国内地下抵抗軍の消耗を避けるよう命令。ロヴェツキは対ソ政策変更・明確な敵対を要求。
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6月1日
・政府、「戦力増強企業整備要綱」閣議決定。
雑工業整理・平和産業部門工場休廃止断行、余剰設備・資材・労働力を5大超重点産業に活用することを明記。
翼賛政治会代議士会での審議(3日間)では鳩山一郎・中野正剛・三木武吉が反対。
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6月1日
・東京都制公布。7月1日、施行。
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6月1日
・東京、昭和通り植樹帯菜園・神田戦時農園などがつくられる。
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6月1日
・イ-8潜水艦、ブルターニュ半島モレストへ向け出港。
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6月1日
・イギリス軍将校の一群がパルチザンと接触のためユーゴスラヴィアに降下(~10日)
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6月2日
・関東州住宅営団令公布
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6月2日
・大日本労務報国会発足。県知事が会長、日雇労働者の統制
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6月2日
・クルスク上空で航空戦
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6月3日
・政府、空母2隻の建造を中止し、2隻の建造を延期
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6月3日
・「朝、ラジオで徳富蘇峰の講演あり。ベルリが日本占領の意図あり、かれの像を建てた如きは、もっての外という。また日露戦争にルーズヴェルトが仲介したのを感謝する如きも馬鹿馬鹿しいことだという。米国は好戦国民である。仁義道徳のなき国だ。そうしたことがその講演の内容だ。
先頃、山本提督の死の時にも講演し、このところ、徳富時代である。この曲学阿世の徒!この人が日本を謬(あやま)ったこと最も大なり。」(清沢『暗黒日記』)
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6月3日
・アルジェ、フランス国民解放委員会設立。
ド・ゴール将軍と民軍総司令官アンリ・ジロー将軍との組織的統合。議長ド・ゴール、ジロー。
7月3日、実質的な政府組織形成。
11月9日、ド・ゴール、国民解放委員会の単独委員長就任。
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6月3日
・ドイツ『コットブス』作戦(ポロツク=レポリ=ボリソフ地域のソ連パルチザン掃討作戦)
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6月4日
・戦時衣生活簡素化実施要綱(和服男物は筒袖、女物は元禄袖、ダブルの背広は禁止)、食糧増産応急対策要綱(休閑地の徹底利用で雑穀類増産目的)、閣議決定。
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6月4日
・モロトフ・ソ連外相、佐藤尚武駐ソ大使に北樺太利権解消の履行を要求。
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6月4日
・アルゼンチン、ファシズム下で富国強兵をめざす統一将校団(GOU)によるクーデタ。カスティーヨ大統領追放。CGT両派、FORJAは反帝の立場からクーデタ支持。軍部は政党や学生運動大弾圧。連合国支持団体解散。
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6月4日
・フランス、全国抵抗評議会結成。
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6月4日
・イギリス空軍第2戦術航空軍、英本土で編成。
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6月4日
・ドイツ軍、ゴーリキーの戦車工場を夜間爆撃
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6月5日
・山本長官の国葬。
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6月6日
・11軍、湖北省の重慶44軍急襲撃破。
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6月6日
・東条英機首相、議会では年内にフィリピンを独立させると述べる。
同8日、日本軍はカリバビに対し独立に向けての準備を命じ、カリバピは20人を選び、「フィリピン独立準備委員会」を組織。
20日、ホセ・P・ラウレル議長に、ベニグノ・S・アキノとラモソ・アバンセーニャを副議長に選出。
アメリカ統治時代の1934年、アメリカは1946年にこの国を独立させるタイディングス・マクダフィー法を成立させている。戦争がなければ1946年には自動的に独立できるところへ、日本軍が割って入ったことになり、独立への不安・不満をフィリピン住民に抱かせないための政治的判断。
一方、フィリピン人指導者層は表向きは対日協力を装い、そうする中で独立を引き出す賭けに出ているが、「使儲」「売国奴」のそしり免れがたい。彼らの対日協力は、戦後フィリピン国内で大きな論争を巻き起す。
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6月7日
・アルゼンチン、ラミレス将軍大統領就任。
「ドイツが欧州の指導者たるべく努力しているように、アルゼンチンも中南米の指導者となるべきである。南米諸国が力をあわせても対抗できぬほどの強力な国家を建設する任務は軍人によってのみ実現可能である」と宣言。ムッソリーニ体制を駐在武官として経験したペロンが陸軍次官。この年、工業生産額がはじめて農業生産を上回る。
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6月8日
・米機、ハノイ空襲
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6月8日
・戦艦「陸奥」、岩国市の柱島泊地で原因不明の火薬爆発で爆沈。乗員1121人中771人が死亡。生存者350人は大本営にこの事故を一切口外しないとの血判誓約書をを書かされた上、南洋の戦地に送られる。
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6月9日
・大田實少将、勲二等瑞宝章を受ける
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6月10日
・11軍3師団の江南殲滅作戦終了、中国側戦死30,766、捕虜4,274、日本側戦死771
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6月10日
・連合軍、レンドバ島上陸
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6月10日
・連合軍の「統合爆撃機攻勢(CBO)」発効、目標は工場とドイツ空軍の施設(『ポイントブランク』指令により、連合軍の爆撃戦略改善される)
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