〈藤原定家の時代146〉寿永2(1183)年7月25日 平家の都落ち それぞれの都落ち②(忠度、行盛、頼盛、宗清)より続く
寿永2(1183)年
7月25日
それぞれの都落ち③
■資盛・貞能
平資盛・貞能、淀・川尻のあぶれ源氏掃討から帰還途中、平宗盛一行と出会う。貞能は西海道事情を知悉しており、宗盛に都へ戻り源氏北陸勢と決戦すべきと主張するが容れられず。
夕方、資盛・貞能は、宗盛と別れ500率い上洛し、頼盛と共に法性寺殿に入る(頼盛の孫娘の婿が資盛)。源氏と一戦交えるため落武者が帰ってきたとの噂が飛んだが、『愚管抄』に資盛は「(院の)御気色(意向、機嫌)ウカゞハント思」って(巻5)、頼盛ともども法住寺殿に入ったとある。
その後、貞能は福原に向い、大宰府で平家と離脱、宇都宮朝綱を頼り東国へ向う。
頼盛・資盛は延暦寺に退避した法皇に、人を遣わして引き返してきた事情を奏上した。頼盛には、仁和寺にあった後白河院の異母妹八条院(鳥羽天皇第三皇女暲子(しょうし)内親王)の御所に身を寄せていなさい、と色よい返事があった。頼盛は以前から八条院とは深い関係にある。資盛のほうは取りついでくれる者もなく、返事すらもらえなかったので、やむなく宗盛一行に追随するはめになった。
資盛の郎等貞能(さだよし)は、覚一本では、重盛の墓から遺骨を掘り出して高野山に送りつけたのち、以前恩を施した頼朝の御家人宇都宮朝綱(ともつな)を頼って、東国に下ったとする(巻7「一門都落」)。
しかし、『吉記』では帰京の平家の武士らの大半は、翌日の明け方妻子をともなって再び下向したとし、筆者の参議左大弁吉田経房は、「龍も勢を失えばミミズに同じのことわざの類か」と決めつけた。
貞能はのちに神器返還交渉にあたって、院と平家の仲介役を期待されており、なお都に留まっていたようである。しかしやがて彼も平家一門を迫って九州まで落ち延びた。
貞能については、「玉葉」に、「申刻、落武者などまた帰京、あえて信用せざるのところ、事すでに一定なり、貞能一矢を射るべきの由を称すと云々、(中略)帰京の武士など、この最勝金剛院をもって城郭を構ふべきのよし、下人来たり告ぐ」とある。平氏の主戦力である平貞能が京を枕に討ち死にすると言って引き返し、最勝光院を城郭にして籠もっているという。
■基通・信基
摂政基通(妻は清盛娘の完子)は都落ち決行直後に行列から離れた。『平家物語』は側近が気を利かせて勝手に牛車を引き返させたとするが(巻7「主上都落」)、基通自身の意志であったのは疑いない。供をしていた基通の側近、内蔵頭平信基(のぶもと)は平家に同行するよう強く勧め、知足院(現京都市北区紫野)や傍らの雲林院(父基実の菩提寺)までついていって食い下がり、聞き入れられないと見るや独り平家を追った。彼は桓武平氏高棟流のうち、範国流に属する能吏、兵部卿信範の子で、時忠の従兄弟にあたる。基通は比叡山の後白河の許に馳せつける。
▼公卿
しかるべき公卿らは連行されるという噂が流れたのでみな逃げ散り、後白河を追って続々比叡山に集まった。親平家の公卿たちも、平家をみかぎり、すでに後白河側に身を寄せるようになっていた。平家と親密な関係にあった天台座主明雲も同行しなかったので、周囲から悪口をあびせられた。
武士以外で都落ちに加わった貴族・官人でめぼしいのは時忠とその子の時実ぐらい。時実は父同様「心猛き人」だった(『源平盛衰記』巻44「時忠卿罪科附時忠聟義経事」)。
兵部権少輔藤原尹明(まさあきら)の行動を共にした。妻の母が忠盛の娘で、宗盛身辺の人物だった。蔵人は天皇近辺に宿泊していたが、みな逃げ去ったので、寿永3年(1184)2月の福原での除目で五位蔵人に補される。尹明は兼実の家司(けいし)だったので、西海の平家の内部事情が時折「玉葉」に見ることができる。
「寅の刻、人告げて云く、法皇御逐電と。この事日来万人庶幾う所なり。而るに今の次第に於いては、頗る支度無しと謂うべきか。・・・巳の刻に及び、武士等主上を具し奉り、淀地方に向かいをはんぬ。てえれば、鎮西に籠もり在ると。前の内大臣已下一人残らず。六波羅・西八條等の舎屋一所残らず、併せて灰燼に化しをはんぬ。一時の間、煙炎天に満つ。昨は官軍と称し、縦えば源氏等を追討す。今は省等に違い、若しくは辺土を指し逃げ去る。盛衰の理、眼に満ち耳に満つ。悲しむ哉。・・・或る人告げて云く、法皇御登山をはんぬ。人々未だ参らず。暫く秘蔵有りと。・・・」(「玉葉」同日条)
「東塔圓融房へ御幸なりてありければ、座主明雲は偏に平氏の護持僧にて、留まりたるをこそわろしと云いければ、山へは上りながら参らざりけり。さて京の人さながら摂録の近衛殿(基通)は一定具して落ちぬらんと人は思いたりけるも、違いて留まりて山へ参りにけり。松殿(基房)入道も九條右大臣(兼實)も皆上り集まりけり。」(「愚管抄」)
つづく
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